くらし

話題のホテルを手がける2人が語り合う、泊まるだけじゃないホテルの在り方と可能性。 

今、ホテルに求められているもの、ホテルの今後のあり方や可能性とは?
話題のホテルを手がける2人に聞いた。
  • 撮影・黒川ひろみ 文・矢内裕子
国籍も年齢も関係なく人々が集う、そんな景色を自分たちで作りたい。(SANUブランドディレクター 本間貴裕さん・左)ホテルはボーダーレスにいろいろな役割を持てる可能性に満ちています。(建築家 吉田愛さん・右)

新規ホテルの開業が続く日本だが、従来とはひと味違ったホテルも増えてきた。歴史ある建造物の記憶を継承しながら今の時代に呼応したリノベーションを施したり、地域のハブとなり活性化させる役割を担うホテルも。またコロナ禍を経て、ホテルや別荘、家の概念を自由に行き来する新しいホテルも登場している。

建築家の吉田愛さんは、サイクリストフレンドリーなホテル「ONOMICHI U2」やブックホテル「松本本箱」などを手がける注目の存在。そして本間貴裕さんは、ホテルを宿泊するだけの場でなく、国内外の多様な人が集まり、交わる空間として、新たなあり方を提案してきた。そんな作り手の2人が語るホテルの魅力と可能性とは。

吉田愛さん(以下、吉田) 本間さんとは自然に、いつの間にか知り合いになっていたんですよね。

本間貴裕さん(以下、本間) 思い出せないけれど、10年前くらいかな。長い付き合いになりましたね(笑)。

吉田 本間さんは、最近もよくホテルには泊まっていますか?

本間 Backpackers’ Japanで「Nui」や「CITAN」のホステルを作っていた頃は、1カ月で10日はどこかへ行くと決めて泊まり歩いてました。その頃は友だちに聞いたおすすめのホテルを〈Hotels to go〉というリストにまとめていました。今は月に1、2回、仕事で出かけるときを中心に面白いホテルを探して泊まっています。

吉田 私も月に1、2回くらいかな。出張で泊まることが多いけれど、ホテルが目的で旅することもありますね。シチュエーション好きなので、丘の上にワイナリーとホテルがあって、そこの三つ星レストランで素敵な料理がサーブされるといった、映画のワンシーンのような体験ができ、強く印象に残るホテルを選んだり。

本間 僕はホテルの空間の中にいると思考が自由になる感じがあって、それが好きなんです。日常生活のしがらみを離れて、誰かの思いが込められた質のよい空間に身を置くと、自分がニュートラルになって、思考がいつもの枠を抜ける気がする。そうさせてくれるのが僕にとってのよいホテルですね。

吉田 本間さんが手がけるホテルのラウンジやカフェは、風通しのよい空間ですよね。

本間 20歳のときに1年間、バックパッカーとして旅したオーストラリアで見た風景が僕の原点なんです。ゲストハウスに行くと、老若男女、国籍も人種もさまざまな人が一つ屋根の下にいました。そうやって集っていることに価値があって、経済効果を高めようとか、異文化交流しようというきれいな理由づけは必要ないんです。あの風景を作りたい、というのがルーツなのは、どのホテルを作るときも変わりません。

吉田 ホテルのラウンジは社交場ですよね。東京・渋谷の「hotel koé tokyo」を作って思ったんですが、ホテルはカルチャーの発信役を担うこともできる。パーティや展示会をしたりと、ボーダーレスにいろいろな役割を持てるので、ホテルという名の何か、と呼ぶような現象が起きています。

ゲストも地域の人も集まる場所に。

●CITAN(シタン)/東京

日本橋に立つホステル。世界各国のゲストを迎えながら、街の人の生活に寄り添うコーヒースタンドや様々な人が集うバーダイニングのほか、音楽を楽しむラウンジがある。https://backpackersjapan.co.jp/citan/

好きなものをキュレーションした〝宝箱〟のような空間を作る。

本間 実は僕が手がけた「K5」もホテルとは呼んでいないんですよ。「マイクロコンプレックス」と言っているんですけど、あくまで小さな複合施設なんです。
ビアバーやワインバー、レストランをやっている建物の中にホテルもある、という考え方。ときには泊まれるレストランになり、ときにはDJイベントを行う場所にもなる。言い方を変えれば、好きなものをキュレーションしている宝箱のような場所ですね。

吉田 「CITAN」や「K5」もそうですが、ホテルがハブになって、地域が活性化することは多いですよね。「松本本箱」では浅間温泉の復活のために湯宿を改修したのですが、歴史的な建造物が持つ記憶を大事にしました。
広島の「ONOMICHI U2」はホテルもある複合施設です。地域の資源を生かした魅力作りを考えていて、“街の要になるのはホテルだ”と思ったんです。

本間 今までのホテルは食事も風呂も全てがホテルの中で完結していたけれど、それでは地元にメリットがない。ホテルが地域を活性化できるはずなんですよね。そういう意味で、ホテルに求められる役割も変わりましたよね。

その土地にしかない唯一無二の心地よさを形にしていく。

吉田 私は子どもの頃から建物の間取りに興味があって、街を探索するのも好きでした。空間に対する興味が強かったんだと思います。それから風が好きで、台風のときとか、ビニール袋を持ってよく外に出かけていました(笑)。そのとき、その場所でしか味わえない感覚や体感を常に求めていました。

本間 それは、吉田さんの今の仕事にもつながっていますよね。

吉田 先日、城崎(きのさき)温泉にある「小林屋」という創業300年の老舗旅館を手がけたのですが、意外に旅館の方々は時を経た木造建築物のよさに気づいていなかったりする。
私は木造建築にどんなシチュエーションがあるとうれしいかを考えて、建てられた当時を思わせる暗がりや、素足で歩く気持ちよさがあるといいなというように、そこにしかない心地よさを再現していきました。

本間 僕は10年前からずっと、すべては仕掛けであると思っています。
「Nui」も「CITAN」もそうですが、ホテルがあると、その地域に住んでいない人も留まることができ、1階に食べる場所があれば地域の人も集まってくる。そこにお酒があったら賑わいも生まれて、最後に見えるのは“あらゆる境界線を超えて、人々が集える場所”という景色。
だから、僕らがやっているのは景色を作ることだと、よく言ってました。年に2、3回ですが、この風景が見たかった、という日があるんです。そんな日は、“THE DAY”だと、スタッフで乾杯しています。

吉田 私はホテルを運営しているわけではないですが、地域の要望を聞いている中で、ホテルがあると解決できるなと思うことが多いんですよ。

本間 ホテルには食事、音楽、風呂、睡眠、服といった衣食住、あらゆる要素が入っていますからね。

吉田 それらのバランスを変えるだけで、これまでにない価値を提案することができます。ホテルは、どの建物よりも可能性を秘めた存在なんじゃないかと思います。

ホテルは地域を活性化させる存在に。

●ONOMICHI U2/広島

尾道の海運倉庫を改修した複合商業施設。日本初のサイクリストフレンドリーなホテルは、自転車を客室に持ち込める。地元食材や特産品を販売する店やレストランもあり、地元活性化のハブ的な存在。https://onomichi-u2.com/

●松本本箱(まつもとほんばこ)/長野

撮影・Kenta Hasegawa

浅間温泉にある創業300年の湯宿を改修。宿の大浴場を生かした圧巻の「ブックバス」は読書に没頭できる空間になっている。土地の記憶を新たな形で繋ぐブックホテル。全室に源泉かけ流しの露天風呂付き。matsumotojujo.com/

新しいラグジュアリーとは、豪華さでなく本質的な上質さ。

本間 お金があることが豊か、と思われていた時代もありましたが、必ずしもそうでないことに多くの人が気づいています。ホテルも豪華絢爛な装飾美を演出するというよりも、光や風が心地よく入り、植物が青々と生い茂る、居心地のいい空間こそがラグジュアリーになってきた。

吉田 コロナの影響で在宅勤務やオンラインミーティングが加速度的に広がったのは、結果的によかったと思います。地方へ移る人も増えましたね。

本間 どこでも仕事はできる、都市の中だけで暮らしていくのは苦しいと、多くの人が気づきましたよね。

吉田 技術も一気に進歩しました。そして誰もが、自分がやっていることはなんだろう、と内省したと思います。

本間 コロナの副次的な産物として平日と休日の境目も曖昧になりました。僕の会社のスタッフは五島列島でサーフィンをしながら働いたり(笑)。家とホテル、別荘もそうだし、あらゆる物事の境界が曖昧になってきました。

吉田 自然を相手にするときの、不便さの中にある豊かさを求め始めましたよね。私は今後、都市に立つビルを減築し、植物が人工を侵食し共に場を創る廃虚のような空間を作ってみたいんです。五島列島の「hotel sou」はそのイメージで作りました。

本間 「K5」も意識して植物をふんだんに取り入れています。これまでは自然に手を入れて人工的な建物を作ってきたけど、逆に自然が都市を覆っていくような、自然の営みをダイレクトに感じられる空間ですよね。僕は福島の田舎の自然で遊びながら育ったので、東京でホテル業を10年やっていたらまた自然の中に戻りたくなったんです。
30代半ばを越えて、自然の中で遊べる時間はそこまで長くないと気づいたのも大きかった。それで「SANU 2nd Home」をスタートしました。自然の中に立つキャビンを借りる、サブスクリプションサービスです。八ヶ岳や軽井沢、どこのキャビンでも自由に借りられるので、自分にとってのホームが地球上に増えていく感覚です。

吉田 新しい考え方ですね。私が携わっている「NOT A HOTEL」も、別荘のように所有もでき、ホテルのように運用もできるという面白いシステムです。その土地の魅力を最大限に生かした唯一無二の空間体験が価値になるという、新しい概念なんです。

本間 僕はこれから“所有”の概念が変わると思っています。ホームは持ちたいけれど、所有はしなくていい。

吉田 ホテルのあり方もさらに多様になっていくでしょうね。旅するように暮らしていけるとうれしいな。

本間 ホテルとは違う名前の「何か」が新たに生まれるかもしれませんね。

ホームと呼べる場を地球上にたくさん作っていきたい。

自然の営みをダイレクトに感じられる空間を。

●K5(ケーファイブ)/東京

日本橋の銀行だった建物を改装し、ホテル、バー、レストランを組み合わせたマイクロ複合施設。店舗空間には植物がふんだんに配され、都市の中でも自然を感じられる場になっている。https://k5-tokyo.com/

●hotelsou(ホテルソウ)/長崎

五島列島の最南端、福江島(ふくえじま)の築50年近い鉄筋コンクリートの住居を改装したホテル。外壁を壊した客室には植物があふれ、室内と屋外、人工と自然が共存する廃虚のような空間が広がる。https://www.hotelsou.com/

●SANU2ndHome(サヌ セカンドホーム)

八ヶ岳のキャビンの内観。国産木材を用い、天井高4メートルの開放的な空間にワークスペースやキッチンを備える。

月額5万5000円で、軽井沢、八ヶ岳、伊豆高原など10カ所に立つキャビンを自由に選んで滞在できるサブスクリプションサービス(週末は別途料金が発生)。自然の中にセカンドハウスを持つという夢を気軽に叶えられる。https://2ndhome.sa-nu.com/

●NOTAHOTEL(ノット ア ホテル)

撮影・Kenta Hasegawa
SUPPOSE DESIGN OFFICE設計の「NOT A HOTEL NA SU MASTERPIECE」。約1300平方メートルの敷地に佇む2階建て。撮影・Kenta Hasegawa

有名クリエイターが手がけた建物を別荘や住宅として一棟購入するほか、10〜30日単位で所有権を購入し、使わない日はホテルとして運用できる。那須、宮崎、福岡の建物が販売を開始しており、今後続々とリリース予定。https://notahotel.com/

本間貴裕

本間貴裕 さん (ほんま・たかひろ)

SANUブランドディレクター

2010年、「Backpackers’ Japan」を創業、6軒のホテルを手がける。’19年に代表を退任し、ライフスタイルブランド「SANU」を立ち上げる。

吉田 愛

吉田 愛 さん (よしだ・あい)

建築家

「SUPPOSE DESIGN OFFICE」を建築家・谷尻誠さんと設立、共同主宰。2021年、インテリアスタイリングを事業の核とする「etc inc.」を設立。

『クロワッサン』1094号より

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