くらし

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』著者、三國万里子さんインタビュー。「書くことが、だんだん楽しくなっていった」

  • 撮影・中島慶子 文・本庄香奈(編集部)

「書くことが、だんだん楽しくなっていった」

三國万里子(みくに・まりこ)さん●1971年、新潟県生まれ。編み物キットブランド「Miknits」、手編みニットブランド「気仙沼ニッティング」のデザイナー。「編んで楽しく着てうれしい」がモットー。著書に『編みものこもの』(文化出版局)など多数。

美しく愛らしいデザインが人気のニットデザイナー・三國万里子さんが、このたび編んだのは〝ことば〟。初めて上梓したエッセイは、記憶をたぐり紡いだ〝物語〟を集めたものであり、5年にわたって友人へ綴ったメールが元になった。

「友人であり、仕事仲間でもあるほぼ日刊イトイ新聞の永田(泰大)さんが、『三國さん何か書いてみない?』って言ってくれて。そんなこと言ってもらえてうれしいし、書いてみようと思った時に、じゃあ昔話でもしようかなって」

描かれた話は、家族やかつての友人、なぜか鮮明な子どもの頃の景色などさまざまだ。書いていくうちに書くことに馴染んでいった。

「自分の中に沈殿していたり、わだかまったりしているものを、言葉を使い物語にできるのは人間ならではですし、それができるのがうれしかった。思い出のしまわれ方は、記憶に残るようなトピックがとりとめもなく置かれている、というのかな。自分の中にある段階ではまだ筋立てた物語にはなっていない。景色だったり、人が言った何かだったり……それを材料にして、ターッとつなげていく。そうやって振り返りながら自分にとっての物語を作っていくと、描いた出来事の重さが自分の中から解放されていく。そう感じました」

小さな不安やつらい記憶もちゃんと着地させたい。

結末を決めずに編んでいくのは、編み物のスタイルとも共通。仲が良かった父との喧嘩、息子が初めてインフルエンザで高熱を出した夜……、人生に刻まれた不安も切ない思い出も、ユーモラスに描かれる。温かな読後感は、三國さんの生きる上での習慣に理由がある。

「確かに『いいことを探しながら生きる』のが習いになっています。だから書く時もそれが出てくるのかもしれない。小さい不安なことやつらいことも折り込まれてはいるんですが、ちゃんと着地したい。つらい物語のまま私は終えたくない人間だし、生きるというのはどう納得していくか、ということだと思うんです。起きている事実って、たぶん1つなんですけど、どう解釈して意味づけをしていくかっていうのは自由なので」

読みながら、自分も過去や家族を思い出す不思議な感覚に陥る。

「ご自身の記憶が、この本が触媒になって浮かび上がってくることがあるんじゃないかなと思うので、それに思いを馳せていただくのもいいんではないかと思います。私、編み物がまさか職業になるとは思わなかったし、自分が本を書くとは思わなかった。人生の、ある局面を開くドアっていうのは、1枚ずつしか開かないし、開く順番も私が決められることじゃないんだって思います。それは生きてようやく分かったことで、つまり『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』ということでもあるのかもと思います」

流れゆく時間を言葉で紡ぎ直すと、浮かび上がった温かい愛情。今日まで生かしてくれたのはそういうものたちなのかもしれない。

出会った人たちや家族、これまでのことを自らの記憶を辿り、自身の視点から美しい文体で描いたエッセイ集。 新潮社 1,650円

『クロワッサン』1081号より

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