フランス語の翻訳家で、この本の著者・関口涼子さんは、料理と言葉の共通性について語っている。
〈食文化は一つの言語のようなもので、材料は語彙に等しく、それが集まって文章としての一皿を作り上げたり、一つの物語としてのディナーを書き上げたりする〉
この本をベイルートの料理の作り方が載っている本かと思って手に取ったとしても、少し読み進めればすぐに読み慣れたレシピ本とは違うということに気づくだろう。
「きっかけは、ベイルート国際作家協会からの依頼で、ベイルートについて一冊の本を書くことを依頼されたことでした。2018年の4月から5月半ばまでの1カ月半滞在し、毎日街を歩き、さまざまな人に会いました。そして、ほぼまだ何も知らないベイルートという街について、料理を通して街の肖像を描くことにしたのです」
このあと、2019年の秋にレバノンでは政府の政策に反対する革命が、さらに2020年夏にはベイルート港爆発事故が起きてしまう。
「爆発によって、街の半分以上の地域が被害に遭い、約30万人の人人が家を失いました。多くの歴史的な建物や、滞在中、何度も通ったレストランやバーが集まる地域も破壊されてしまったんです」
くしくも2つの大きなカタストロフの「前夜」を描いたものとなった本書は、フランス語で出版され、2つの文学賞を受賞した。