母と娘の関係、夜の町、女性の体が持つ価値、といったことは、これまでも書いてきた。
「自分の興味は、常にそこにありますね。でも小説は“状況”を書くのがおもしろい。それをつなげていくことで物語になる。コラムやエッセイではしない表現ですから」
確かに、セリフはあまり多くなく、その場の情景が淡々と描写される。そして“涼美節”とも言うべき改行のないスピーディな文章が時折挟み込まれ、読者はぐいぐいと引き込まれていく。
「緻密なストーリーを考えるより、ぼんやりとした画像を思い浮かべました。そうすると言葉が出てくる。自分の部屋に帰ってきて鍵を開ける、その冒頭のシーンを書いたら、あとは勢いがつきました」
母とは別に、二人の友人を失った話も描かれる。一人は子どもを置いて失踪、風俗嬢だった一人は何度も「これから死ぬ」というメッセージを送り続けた末、ついに実際にビルから飛び降りる。
「コロナのせいで、風俗が“社会の敵”のような報道がたくさんされ、セックスワーカーやフェミニストの運動もあったけれど、個人的に腑に落ちないこともある。そういった背景を投影したいと思いました」
数日間、一緒に暮らしただけで母は再び入院。毎日見舞うため勤めていた飲み屋を辞め、付き添う。
「母親は薬のせいで朦朧としていて、もはや、ろくに話すこともできない。それでも母と自分の関係が主人公には気になります。『ギフテッド』というタイトルは、途中まで書いて急に思い付いたんですが、いわゆる天才的な才能のことではなく、“母に与えられたもの”という意味です」
母が最後にノートに書き残した言葉は、不思議な穏やかさと優しさに満ちている。
「読後感はいいものにしたかった。書いてみて、小説は、圧倒的な力があり、自由度が高いと思いました。いま、日本だけでなく、世の中全体が、嫌な感じですよね。こういう時代だからこそ、小説を書く。いまはそう思っています」