くらし

『ギフテッド』著者、鈴木涼美さんインタビュー。「初めての小説、書きたいことは書けたはず」

  • 撮影・中島慶子  文・広瀬桂子(編集部)

「初めての小説、書きたいことは書けたはず」

鈴木涼美(すずき・すずみ)さん●1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAVデビュー。東京大学社会情報学修士課程修了後、日経新聞の記者になり、その後独立。『すべてを手に入れたって しあわせなわけじゃない』(マガジンハウス)ほか著書多数。

いつかは小説を書く人だと思っていた。そして、その初めての小説は芥川賞候補になった。

「小説を読むのは好きだったので、書きたい気持ちはありましたが、フリーになって最初の3年くらいはAVや風俗の話、その後、アラフォー独身や恋愛の話。依頼されたものはきちんと上げたいと思っていたので、それだけで手いっぱいでしたね。上野千鶴子さんとの往復書簡『限界から始まる』(幻冬舎)を出してから、“書きたいものを書きたい”と気持ちが切り替わりました」

小説の舞台は、歌舞伎町を彷彿させる架空の町。飲み屋で働く主人公の部屋に、がんでもう長くはない母が転居してくる。

「物語や設定はフィクションですが、自分の体験をもとにしている部分はあります。私の母も7年前に亡くなっているんですが、時間が経ったことで、客観視できることが多くなった。時代設定を10年以上前にしたので、私自身の経験を振り返る契機にもなりました」

母と娘の関係、夜の町、女性の体が持つ価値、といったことは、これまでも書いてきた。

「自分の興味は、常にそこにありますね。でも小説は“状況”を書くのがおもしろい。それをつなげていくことで物語になる。コラムやエッセイではしない表現ですから」

確かに、セリフはあまり多くなく、その場の情景が淡々と描写される。そして“涼美節”とも言うべき改行のないスピーディな文章が時折挟み込まれ、読者はぐいぐいと引き込まれていく。

「緻密なストーリーを考えるより、ぼんやりとした画像を思い浮かべました。そうすると言葉が出てくる。自分の部屋に帰ってきて鍵を開ける、その冒頭のシーンを書いたら、あとは勢いがつきました」

母とは別に、二人の友人を失った話も描かれる。一人は子どもを置いて失踪、風俗嬢だった一人は何度も「これから死ぬ」というメッセージを送り続けた末、ついに実際にビルから飛び降りる。

「コロナのせいで、風俗が“社会の敵”のような報道がたくさんされ、セックスワーカーやフェミニストの運動もあったけれど、個人的に腑に落ちないこともある。そういった背景を投影したいと思いました」

数日間、一緒に暮らしただけで母は再び入院。毎日見舞うため勤めていた飲み屋を辞め、付き添う。

「母親は薬のせいで朦朧としていて、もはや、ろくに話すこともできない。それでも母と自分の関係が主人公には気になります。『ギフテッド』というタイトルは、途中まで書いて急に思い付いたんですが、いわゆる天才的な才能のことではなく、“母に与えられたもの”という意味です」

母が最後にノートに書き残した言葉は、不思議な穏やかさと優しさに満ちている。

「読後感はいいものにしたかった。書いてみて、小説は、圧倒的な力があり、自由度が高いと思いました。いま、日本だけでなく、世の中全体が、嫌な感じですよね。こういう時代だからこそ、小説を書く。いまはそう思っています」

母子家庭で育ち、17歳で家を出、風俗の町で自活する主人公。死を目前にした母と理解しあえる日は来るのか。 文藝春秋 1,650円

『クロワッサン』1078号より

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

SHARE

※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

人気記事ランキング

  • 最新
  • 週間
  • 月間