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心と体の専門家に聞いた、香りが心身にもたらす効果【降矢英成さん×小高千枝さん 対談】

脳に直接伝わり、心身に作用する嗅覚情報=香りがもたらす効果に近年注目が集まっている。
心と体の専門家2人に聞いた。

撮影・MEGUMI 文・板倉みきこ

心療内科医の降矢英成さんの理念は、“ホリスティック(全体的)”な医療。心身の不調を、現代医学の視点からだけでなく、伝統医学や代替医療など様々な視点を反映させて診断、治療する、最近注目の考え方だ。降矢さんのクリニックで行われている、アロマセラピーなど植物や自然を活用したセラピーに関心を寄せるのが、心の問題と向き合ってきた、公認心理師の小高千枝さん。心と体の関わりに精通する2人が、香りの効能から始まり、五感の活性化や自分自身の心の声に気づく必要性にわたって語る。

(左)降矢英成さん 心療内科医 (右) 小高千枝さん 公認心理師
(左)降矢英成さん 心療内科医 (右) 小高千枝さん 公認心理師

現代の都市生活は、五感が閉じやすい状況。それを実感するのも大事。(降矢さん)
香りなど目に見えないものが持つ力は、とても深遠ですね。(小高さん)

小高千枝さん(以下、小高) 香りにはとても力があると思いますし、カウンセリング時にアロマを漂わせるとリラックスできるからいい、と一般的にもいわれていて使うことが多いのですが、「香りをやめてください」という方も中にはいらっしゃいます。

降矢英成さん(以下、降矢) 確かに。“一般的に”という解釈で香りを選ぶと、難しいですね。

小高 そうなんですよ。例えば女性はバラの香りが好きで、リラックスする方も多いですが、いつでも、誰にでもいいわけではない。気分がいい時はテンションが上がったりしますが、気持ちが塞いでいる時に濃厚なバラの香りを嗅ぎすぎると、気分が悪くなる場合もあるので、注意が必要です。私も、鎮静効果があるといわれるラベンダーが、正直苦手なんです。個人的な好みや体調によって、どの香りがいいか、解釈が全く異なることがありますよね。

降矢 そのとおりです。私は、人の好み、感覚はとても大事だと思っています。現代医学の残念な点は、全員一律で統計を取り、主にデータだけで判断するところです。この症状にはこの治療、と決まってしまうのはどうなのか、と。

小高 それは私も常々感じています。何に対しても「エビデンス」で、科学に偏りすぎている気がします。

降矢 科学や現代医学は有用ですが、万能ではありません。好き、嫌い、受け入れられる、受け入れられない、という個人の感覚を、治療を選択する中心に据えてみるべきだと考えています。

小高 だから、先生のクリニックはアロマセラピーなどの自然療法や鍼灸、整体……様々に取り入れているんですね。私たちは普段、どうしても視覚に依存して生きているので、その情報に頼りがちです。でも、香りなど、目に見えないものが与えてくれる影響はとても有用だとも感じます。普段の思い込みなどから離れ、自身の無意識の中に入っていける力を持っているのではないでしょうか。

降矢 そうですね。特に嗅覚は五感の中でも脳にダイレクトに信号を送れますから、本来の自分の感覚を取り戻すために、嗅覚を刺激するのは効果的だと思います。実際、私のクリニックの治療の一環でアロマセラピーを受けた患者さんが、今まで感じたことのない解放感や安心感を得て、自律神経の消耗が回復したケースなど、治療効果が得られた症例はいくつもあります。

小高 認知症の治療過程でアロマが効果があったことなど、それこそエビデンスがある症例も出ていると聞きます。

降矢 ただ、「○○という成分が脳に届き、このように作用している」といったデータはあっても、それは植物の持つ力のわずかでしかないと思っています。例えば、南太平洋原産のカヴァという精油があるんですが。現地の人は、根っこをくちゃくちゃ噛んでいると鎮静効果がある、と長年愛用していました。でも、それを西洋の処方で精製すると、効果は強く出せる反面、毒性も出て肝機能障害をもたらすことも。精油に使われる植物の育った場所、有効成分の抽出方法、そして吸収経路によって働きが変わるほど、植物が持つ力はとても繊細で複雑です。成分だけで語ろうとすると、間違いが起こります。まだ解明されていないけれど、実際体が感じているもの、反応すること、その力を無視することはできません。

小高 そうですよね。目に見えないエネルギーというと、スピリチュアル過ぎて敬遠される方もいるでしょうけど。実際、香りは宗教儀礼でも長く使われてきましたし、私たちの心の深いところに繋がる力が強いのだと思います。

鈍化している嗅覚が刺激され、 心身の状態を実感できるように。

降矢 アロマを治療に使う場合、好きな香りである必要はないんですよ。その人の個人的な記憶と繋がる香りも効果的です。香りは記憶と結びつきやすく、例えば幼少期を田舎で過ごしていた人が軽い認知症になった場合、森林に連れていくことで、症状が改善することがあります。これは“森林回想法”といわれるもので、森の香り、風景、音など全てが合わさり、失われつつあった脳の機能が呼び戻されるのです。

小高 香りで脳を活性化できるとはいえ、都会に住んでいると不快なにおいも多いから、嗅覚を鈍化して生活している人は多いかもしれませんね。五感自体閉じてしまっている可能性も……。

降矢 それは同感です。クリニックでは自然療法の一環で、アロマセラピーだけでなく、“森林療法”というものも取り入れているんです。森に行って、木々の芳しい香りを嗅ぐことでだんだん嗅覚が開いていきます。さらに、川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞いているうちにリラックスでき、深く呼吸ができるようになります。そこで「今まで自分の嗅覚はどれほど閉じていたんだろう。浅い呼吸をして、どれほど緊張していたんだろう」とわかるんですよ。

小高 自分の心や体がどんな状態だったか、客観的にわかることはとても大切な気づきですね。

降矢 ええ。でもだからといって、全員田舎に住みましょうって話になるわけではありません。都会生活をしているなら、深呼吸をしづらい環境にある、五感が閉じやすいということを認識していればいいんだと思います。都会は人間関係が希薄といいますが、その恩恵もありますし、便利なのは確か。心身が疲弊した方に「休職して実家に帰りますか?」と話しても「帰りたくない。田舎は閉塞感を感じて嫌だ」という人もいますから。自分にとっての優先順位、価値観をちゃんと考え、ベストな方法を選べばいいんです。

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