くらし

【歌人・木下龍也の短歌組手】頭から離れない詩はありますか?

〈読者の短歌〉
死んでから初めて金魚は本物の流れに乗れて回っていった
(植木滉/男性/テーマ「ペット」)

〈木下さんのコメント〉
淡水魚は正の走流性によって水流に逆らって泳ぐ。これは元いた位置にとどまるため、餌が口に入りやすいから、海に着くと死んでしまうから、とかそういう理由があるようです。ググりました。間違ってたらすみません。死によってそれも終わり、やっと自然な水流に身をまかせることができる。人間も未来→現在→過去という時間の流れに逆らって泳いでいるんでしょうかね。さて本題ですがこの歌の「本物の流れ」って何?じゃあ偽物の流れって何?という疑問が浮かんでしまうので、

死んでからはじめて金魚は脱力し自然な水の流れに乗った

としておくとスッキリするかもしれません。

〈読者の短歌〉
詩人がぼくを飼うのです言葉でぼくを飼うのです夢なんですか
(いたちたち/男性/テーマ「ペット」)

〈木下さんのコメント〉
衝撃的な一篇の詩が頭から離れない。何をしていても、ぼーっとその詩を思い出す。「ぼく」は詩というリードに繋がれたペットなのだろうか。恋のような、白昼夢のような体験。そんな体験をしたことがないのであれば、それはとても平和で不幸せなことだと僕は思う。「詩人がぼ/くを飼うのです/言葉でぼ/くを飼うのです/夢なんですか」と読むこの短歌は「ぼく」を定型のリズムによって「ぼ/く」とまっぷたつにして現実と夢のどちらにいるのかわからないという混乱を表現し、57577の7の部分に配置された「です」「です」「ですか」というたたみかけは、その混乱の切迫感を切実に読者へ訴えかけてくる。

〈読者の短歌〉
見たことはないけど指の先の海 向こうに敵がいると言う子ら
(こんじゅり/女性/自由詠)

〈木下さんのコメント〉
子どもたちが感じている海の向こうの敵の気配。きっと子ども同士のお遊びに大人を巻き込むつもりなんだろう。でもほんとうだったら?そんな不穏な空気を感じる1首です。悩ましいのは一字空けですね。この一字明けにはおそらく「の」が入るはずなのですが、入れてしまうと字余りになる。「指先の海の」としても「ゆびさ/きのうみの」と切れてしまうためリズムが良くない。

見たことはないけど指でさす海の向こうに敵がいると言う子ら

とすることもできますが「指でさす」は「指で指す」とも書けます。そして「指す」という言葉の意味は対象を指などで示すことなのだから「指で」ってそもそもいらなくない?と考えた後に投稿歌の「指の先の海」という表現は導き出されているはずです。
どうしたらいいんだ。うーむ。その他の手として

見たことはないけど海の向こうには敵がいるって指を向ける子

とすることもできますが、「向こう」「向ける」が気になるなあ。

海原の彼方に指を向けながら見えない敵を見ている子ども
敵がいる、子どもらはそうつぶやいて水平線を見つめ続ける

うーむ、こんな感じでしょうか。

記事の感想はぜひSNS等で発信してください。(撮影:木下さん)

木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。

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