くらし

【歌人・木下龍也の短歌組手】上句から下句への展開で魅せる。

第41回全国短歌大会大会賞を受賞して以降、精力的に活動を続ける歌人・木下龍也さんが読者の短歌にコメントをする連載『短歌組手』。今回のお題に600首を超える応募が集まりました。ご応募ありがとうございました。応募作の中から木下さんが選んだ短歌を数回に分けて紹介していきます(短歌は新しいお題で引き続き募集中です)。
トンカチを握る木下さん。

〈読者の短歌〉
留守がちな隣家の猫をこっそりと抱いて眠った不届きな夜々

「小学生の頃の記憶です。やっていることがなんだか不倫みたいで、子供心に後ろめたさを感じながらも猫を飼うことへの好奇心でいっぱいでした。」
(げんすい/女性/テーマ「ペット」)

〈木下さんのコメント〉
猫と私だけの秘密。甘いけれども後ろめたい。繰り返されるそんな夜。犬ではなくて猫だから成立するんですよね。「不届きな」という表現が効いています。僕も小さい頃、近所のおばあさんが飼っている猫にみかんという名前をつけて勝手に連れ出していました。

〈読者の短歌〉
金がない 人と喋ると喉渇く
だから今後は人と喋らん
(ラージライス/女性/自由詠)

〈木下さんのコメント〉
潔い独断。共感など求めていない。なぜ?という疑問に答える気すらないだろう。読者に媚びず、むしろ読者を乱暴に突き放す究極の自分ルールを打ち立てている。

あなたは1首がつくりだす世界の王だ。王であるがゆえにひとりではあるが、孤独ではないだろう。他者など求めていないのだから。

〈読者の短歌〉
いつの日か違う動きをし始めるような気がする鏡の男
(砂崎柊/男性/テーマ「私」)

〈木下さんのコメント〉
最後を自分ではなく「男」としたのは、鏡に映る物体を自分ではない異物のように感じ始めているからなのでしょうね。言葉への配慮が行き届いているなと思いました。

ホラー映画や怪談には鏡に映る自分の背後に何かが立っているパターンと鏡に映る自分が自分とは違う動き(勝手に笑う、勝手に血だらけになっているなど)をするパターンがありますが、僕は後者の方が怖いです。自分自身に裏切られるほうが怖い。いや、やっぱりどっちも怖い。どうか今後も背後に立たないでいただきたい。

あ、そういえばこのまえ「そこに鏡なんてそもそもなかった」みたいなオチの怪談を聴きました。

〈読者の短歌〉
プルタブを開けてコーラを飲み干して影の長さでギネスを受賞
(埴輪屋/男性/テーマ「夏」)

〈木下さんのコメント〉
平凡な上句(57577の575の部分)から予想を裏切る下句(57577の77の部分)への見事な着地。

望月裕二郎さんの「さかみちを全速力でかけおりてうちについたら幕府をひらく」という短歌のアクロバティックな表現に近いものを感じましたが、望月さんの短歌は急→急という印象を受けるのに対して、埴輪屋さんのこの短歌は緩→急という印象を受けます。そこが巧みでした。

「影の長さ」という特に努力も技術も必要なさそうな要因で大変な名誉である「ギネスを受賞」しているところに、若さゆえの根拠のない全能感のようなものも読み取れます。

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