くらし

【歌人・木下龍也の短歌組手】上句から下句への展開で魅せる。

〈読者の短歌〉
驟雨のあと黄色い五時半が来て失踪告げる町内放送

「はじめて投稿します。
短歌を作りながら外を見ていると意識が外を一周して自分に戻ってくるような不思議な感じがしました。楽しい時間を作ってくださってありがとうございました。」
(ヤスギマイ/女性/自由詠)

〈木下さんのコメント〉
「黄色い五時半」というのは驟雨(にわか雨)によって空気の洗われた夕方のことですかね。そこに差し込まれる不穏な音。内容としてはよいと思います。けれど、定型のリズムで読もうとすると「しゅううのあ/ときいろいごじ/はんがきて/しっそうつげる/ちょうないほうそう」(57578)と妙な区切り方をすることになる。そこがすこしもったいないかなと思いました。こういう場合は推敲してみることをおすすめします。語順を変えてみたり、どこが省略可能か探してみたり、別の言葉で言い換えてみたりすることでなるべく57577に近づけてみましょう。例えば、

驟雨、そのあとの黄色い五時半に公民館が告げる失踪
驟雨、そのあとの黄色い五時半にスピーカーから漏れる失踪
驟雨、そのあとの黄色い五時半に行方不明の放送が降る

とすることもできます。こうすれば読者に余計なストレスを与えることなく内容に集中してもらうことができます。ただ、形を整えることによって失われるものもあります。57577に近づけることによって、真意から遠ざかってしまうこともあるでしょう。僕自身、自分の短歌や生徒さんの短歌を推敲していて、短歌らしくはなったけど最初の想いや輝きは消えてしまったかもしれないな、と反省することがたまにあります。

そういう場合において推敲前と推敲後のどちらを選ぶかは、だれに向けて書くか、という好みの問題です。自分に向けて書くのか、他者に向けて書くのか。僕は基本的に後者のタイプですが、このふたつはどちらかを選んで絶対にこうだと決めるのではなく、短歌ごとにその濃度を濃くしたり薄くしたり、揺れ動いて良いものだと思います。すみません、話が長くなりました。

〈読者の短歌〉
飲み干したことを忘れて覗き込み今飲み干しているフリをする

「私にとってのあるあるを短歌にしてみました。マグカップでコーヒーやお茶を飲むのが大好きなのですが、まだあると思って覗き込んだときに空だった瞬間、なんとなく恥ずかしくなり、全く意味は無いのにエア飲み干しをしてしまうことがたまにあります。」
(平井まどか/女性/テーマ「マグカップ」)

〈木下さんのコメント〉
ほぼ動詞で構成されている短歌。動作のみをくわしく書くことでパントマイムのように「マグカップ」を省略しています。うまい。これはなかなかできることじゃない。動詞の多い短歌はあまり好まれないけれど、この短歌に関しては動詞が多いどころかほぼ動詞なので例外的に成功していると思います。

こういう意味のない照れ隠しは僕もたまにやってしまいます。路上の石を蹴り損ねたとき、あえてもういちど何もないところを蹴って、最初からただ地面を蹴りたかったひとになってみたり。

トイレットペーパーがないことに気づいたとき、あえてもういちど芯をからからと回し、最初から芯をからから回したかったひとになってみたり。だれに対しての照れ隠しなんだよってツッコミが入りそうですが、自分を俯瞰している審判のような自分に対して、です。

連載はまだまだ続きます!(撮影:木下さん)

木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。

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