〈女は服装も髪も適当で、たぶんメイクもしていなかった。それなのに、私は女を見て勃起していた。性器を勃起させながら、私は悔しかった。女は、私よりもずっと美しかった〜中略〜どうして、私は美しくないのだろう〉
『改良』著者、遠野 遥さんインタビュー。「ひたむきに美を追求する男はどうしたか」
- 撮影・黒川ひろみ(本)谷 尚樹(著者)
大学生である「私」はコールセンターのアルバイトで稼いだお金を美容とデリヘルに費やしている。メイクや洋服のコーディネイト、女らしい仕草の研究、一人、部屋で繰り返す女装は趣味や嗜好というレベルのものではない。もっと真剣でのっぴきならないものに主人公は取り憑かれている。
本作は第56回文藝賞を受賞した遠野遥さんのデビュー作である。
「作品はジェンダーを切り口に語られることもありますが、自分はことさらにそれをテーマにしたつもりはありませんでした」
というのも、私の行いは性欲が募ればデリヘル嬢のカオリを呼び出すのだし、ふとしたきっかけで、不美人なアルバイト仲間、つくねの部屋に上がり込んでセックスに持ち込もうと企んだりもする、いわゆる通常男子のそれである。が、ある時、ついに女性の恰好で美術館に出かけた私は、ある映像作品のスクリーンに映し出される女に見とれてこう思う。
私は、女になりたいのではない……。
遠野さんは、何度でも書き直しながら一つの作品を仕上げていくタイプであるという。
「毎日、一千字単位で進んだり、削ったりしています」
これまでにも何作か習作を書いたが、完成してみれば原型を留めていないことがほとんどだ。
「ただ、本作については、先日、構想メモを久しぶりに見ることがあって、その一行目に“美に執着する醜い男”と書いてありました」
使える限りのお金を美容に注ぎ込み、少しずつ美しくなっていった私は、ついに路上で見知らぬ男からナンパされる。〈あのときの私は、男の気を惹くことを考えていたのだろうか。そうではないはずだった。私は、美しくなりたいだけだった。男に好かれたいわけでも、女になろうとしたわけでもなかった〉
男はなぜ女装をするのか? なぜ美しくありたいのか? 作中にその答えは見出せない。そして、そうしたいっさいの問いを無効にするかのように、ナンパ男から凄惨な暴力を受け、折れた鼻から大量の血を流しながらも、私はなお〈私をきれいに見せてくれる、私の大事な洋服〉が汚れてしまったことに拘泥する。
「明確なメッセージを持たせるよりも、読む人によっていろいろなことを感じる作品にしたかった。ツイッターなどでの反響を見ると、みなさんそれぞれのことを言っているので、そういう意味では成功しているかもしれません」
「私」が語る私でありながら、どこか突き放した感のある冷徹な語り口。人の行動原理や通俗的な属性さえも揺らぎだす世界観。次作が楽しみな新人があらわれた。
『クロワッサン』1014号より
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