プロの清掃人、新津春子さんに教えてもらう、「掃除はやさしさ」の心。
日頃、見て見ぬふりをしていた家のあちこちから、「掃除せよ」の声がする。それでも重い腰はなかなか上がらない。「だって面倒くさいし疲れるんだもの」ならば、簡単で疲れないワザを今こそ習得しようではありませんか。ハウスクリーニングのプロが駆使するテクニックや道具、段取りのアイデア、そこにはすぐ真似できるヒントが満載。
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子
「日々、やることや新たな発見が尽きない。それが楽しい。」
少しずつ掃除を積み重ねれば必ず家族や自分に返ってくる。
掃除をしなくては。そう頭でわかってはいても、体がどうしても疲れている日もある。
「もちろん、私にもそんなことはしょっちゅうあります。そういうときは、自分に優しく声をかけてあげるようにしています。『今日は疲れたから、1個だけやりましょうね』って。本当に1個でいいんですよ。たとえば窓の溝のところだけ、しかも家じゅうの窓じゃなくて、寝室の窓だけとかね。その1個を積み重ねていけばいいんですから。“ものを全部片づけてから掃除”という考えも私にはない。だって片づけてたら、それだけで疲れきっちゃうもの。普段の掃除は、ものが置いてないところを拭くだけでもいいんですよ」
時間に追われる毎日、「忙しいけれどしなくては」と掃除をストレスに感じている人は多い、と新津さん。
「そんな中で、どうやってモチベーションを維持するか。結局、『家族や自分の健康と安全を守るため』なんですよね。汚れがひどければ、喘息やアトピーなど、健康を損なうリスクも高まります。ほんの少しずつでも掃除を続ければ、その積み重ねは必ず家族や自分に返ってくるはずなんです」
家族の安全を守るために掃除する。そう考えると、掃除が表面的なものではなくなってくるという。
「“テーブルの上だけを拭いておしまい”ではなくなる。たとえば脚がガタついているとか、側面が剥がれていて危ないとか。使う人の立場になると、そういうことに気づけるんですよね」
観察して、考える。だから掃除は面白い。
新津さんが昔、上司に教えてもらって以来、自身の哲学にしているのが「思う心」。掃除する「自分を思う」、その空間で過ごす「相手を思う」、そして「ものや、それを作った人を思う」心のことだ。そんな優しさに満ちた掃除に欠かせないのが「よく観察する」こと。取材中、新津さんの口から「観察」という言葉が何度も出てきた。
「相手の動きをよく観察すれば、それに応じて掃除する場所や手順を変えたり、危険を防ぐこともできます。ものや汚れを観察すれば、自分の体に負担をかけない方法が見えてくる。急に屈んで腰を痛めないために、窓は下から上に拭くとかね。観察して、よく考えれば、やることや新しい発見は尽きないんですよ。だから掃除は楽しいの」
毎日の義務のようにとらえがちな掃除も、生き生きとした新津さんの話を聞いていると、限りなくクリエイティブな行為に思えてくる。
昨年、新津さんは個人宅の清掃を請け負うハウスクリーニング部門「思う心」を社内に創設。その仕事を通じて気づいたことを教えてもらった。
「たとえば、キッチン。台の上に食洗機や電子レンジ、トースターなどを置いているでしょう。それを何年も動かしていないお宅が多いんですよ。実はその下には埃や油汚れがたまりがち。しかも食洗機や電子レンジは、下の部分が温かくなっているので、害虫にとっては格好の環境になっちゃう。せめて1年に1度は、台の上のものを動かしてお掃除するといいと思います」
「世界一清潔な空港」を実現した新津さん。今度は日本一のハウスクリーニングを目指すのだと目を輝かせる。
「掃除って、生きることに直結していますよね。やらなければ心にも体にも影響が出るし、きちんとやれば皆が気持ちよく過ごせる。そうやって白黒はっきりつけられるのも楽しいんです」
今後は掃除のノウハウをもっと世界に広めていきたい、そのためには80歳まで仕事を続けたい、と話す。掃除こそが、新津さんの前向きなパワーの源泉になっているのだ。
新津春子さんの掃除の哲学「3つの思う心」
●自分を思う
毎日掃除を続けるには、自分の体に負担をかけすぎないことが大事。体力や年齢に応じて、使う道具や体の使い方などを考え、掃除法を工夫してみる。
●相手を思う
家族など、その空間で過ごす人を常に頭に置く。相手の動きをよく見て、自分にできるのは何かを考えることが、掃除の方法や手順、質にも生きてくる。
●ものや、それを作った人を思う
掃除道具や、掃除の対象となる家具などを作った人のことを思えば、なんでも大事にする気持ちが生まれる。一部だけでなく全体を見て、心を込めて扱える。
「完璧でなくていい。1日1個やればいいんです。」
『クロワッサン』1011号より
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