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美人でしっかり者……長女映画の傑作! 『おとうと』 │ 山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『おとうと』。1960年公開。 大映作品。DVDあり(販売元 ・角川エンタテインメント)

幸田文が、実父である”文豪”幸田露伴と義母、そして実弟をモデルに描いた『おとうと』を、市川崑が1960年(昭和35年)に映画化。「銀残し」という現像の手法をはじめて使ったことでも知られる名作です。

げん(岸惠子)は弟の碧郎(川口浩)にとって、母親代わりの存在。物書きの父(森雅之)は家庭のことに不干渉なうえ、継母(田中絹代)はキリスト教に心酔し、リウマチを理由に家事をげんに任せきりにしている。やんちゃをしていた碧郎だが、やがて結核に倒れ、げんは弟を献身的に看病するが……。

大正時代という”無風状態”の閉塞感を表現するにあたって、市川崑と名カメラマン宮川一夫は色彩でアプローチ。独特に色褪せた、曇り空のような灰色がかった画面には、どこか底冷えする寒々しさが漂っています。ただでさえ田中絹代演じる継母に、観客の心は何度も凍るというのに! 

敬虔なクリスチャンというと、さぞ心の優しい献身的な人物かと思わせて、そのじめっとした極上の陰気さで、げんも碧郎も、そして観客をも、ずーんと嫌な気持ちにさせる田中絹代。川口浩でなくても非行に走りたくなるような、人を追い込むキャラクターが強烈です。でもこの息苦しさこそ、戦前の日本の家庭のリアルなんだろうなぁ……。

だからこそ際立つのが、陰鬱な家庭で唯一人、気丈な姉のげん。彩度を低くすることで岸惠子の華やかな美しさは抑制され、代わりに姉という存在の温かさがくっきりと浮かび上がります。あの鈴のような可憐な声で男勝りの言葉を遣い、不良の弟と互角に取っ組み合いの喧嘩をするげん。題名は『おとうと』ですが、長女の役割を担ってきた幸田文による、長女小説に他ならない。弟ではなく長女とは何かが、徹底的に描かれています。

げんが見せる哀しい意地が、呆気ない幕切れの中に刻まれるラストが秀逸! 原作に忠実でありながら、ワンシーンで鮮やかに見せる市川崑のセンスが光ります。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。責任編集長をつとめた雑誌『エトセトラVOL.2』が発売中。

『クロワッサン』1010号より

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