大正時代という”無風状態”の閉塞感を表現するにあたって、市川崑と名カメラマン宮川一夫は色彩でアプローチ。独特に色褪せた、曇り空のような灰色がかった画面には、どこか底冷えする寒々しさが漂っています。ただでさえ田中絹代演じる継母に、観客の心は何度も凍るというのに!
敬虔なクリスチャンというと、さぞ心の優しい献身的な人物かと思わせて、そのじめっとした極上の陰気さで、げんも碧郎も、そして観客をも、ずーんと嫌な気持ちにさせる田中絹代。川口浩でなくても非行に走りたくなるような、人を追い込むキャラクターが強烈です。でもこの息苦しさこそ、戦前の日本の家庭のリアルなんだろうなぁ……。
だからこそ際立つのが、陰鬱な家庭で唯一人、気丈な姉のげん。彩度を低くすることで岸惠子の華やかな美しさは抑制され、代わりに姉という存在の温かさがくっきりと浮かび上がります。あの鈴のような可憐な声で男勝りの言葉を遣い、不良の弟と互角に取っ組み合いの喧嘩をするげん。題名は『おとうと』ですが、長女の役割を担ってきた幸田文による、長女小説に他ならない。弟ではなく長女とは何かが、徹底的に描かれています。
げんが見せる哀しい意地が、呆気ない幕切れの中に刻まれるラストが秀逸! 原作に忠実でありながら、ワンシーンで鮮やかに見せる市川崑のセンスが光ります。