くらし

三角関係に苦悩する明治時代のアンチヒーロー。│ 山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『それから』。1985年公開。東映作品。DVDあり(販売元・東映)

夏目漱石『それから』の主人公、長井代助といえば、親の金で生活し、定職につかず思索にふける「高等遊民」の代表人物です。原作によると代助は、女性並みに身なりに気をつかう、「旧時代の日本を乗り超えている」新しいタイプの男性。このつかみどころのない役を、松田優作が演じています。

高等遊民の代助は、学生時代の友人平岡(小林薫)と再会する。平岡は銀行に就職していたが失職し、いまは借金まみれ。妻の三千代(藤谷美和子)は子を亡くしたばかりで体調を崩していた。代助はかつて三千代に思いを寄せていたが、平岡に彼女を譲った過去があり、二人の結婚が幸せでないことに胸を痛めている。一方、代助は父や兄から再三、見合い話を持ちかけられていて……。

三千代を演じる藤谷美和子の美しいこと! 大正ロマンを先取りしたような着物(派手な半襟づかいが素敵)がとにかく見ものです。そんな美しい一人の女をめぐって、対立することになる男たち。代助の立場から見ると、友情をとるか愛情をとるかという一見安直な選択に思えるけれど、三千代の立場からだと、少し違うものになります。

明治的な「男らしさ」を拒否している代助とは、精神的に通じるものがあるものの、生活能力は期待できない。逆に平岡は社会人として外で働きお金を稼ぐ、普通の「男らしさ」は期待できた代わりに、俗人であり妻の扱いも酷い。そして平岡を見ていると、どうも三千代という“コマ”をつかって、代助と力比べしているように思えてならない……。

三角関係の中にさまざまに働く力学を、森田芳光監督はぐっとこらえて演出し、明治の抑圧的な空気をじりじり漂わせます。この時代、世の中に逆らって高等遊民を気取ったり、姦通罪に触れるようなことをしでかすのに、どれだけの反骨精神が要ったか。

公開された1985年(昭和60年)より、同調圧力の強い現代にこそ、代助のアンチヒーローぶりは刺さる気がします。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。責任編集長をつとめた雑誌『エトセトラVOL.2』が発売中。

『クロワッサン』1009号より

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