くらし

市川準が映画にかけた、“雰囲気”という魔法。│ 山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『つぐみ』。1990年公開。松竹作品。DVDあり(販売元・松竹)

清新な文体が新しい時代の風を運び、平成最初のミリオンセラーとなった吉本ばななの『TUGUMI』。それを一流のCM演出家だった市川準監督が映画化した翌1990年(平成2年)の『つぐみ』もまた、旧来の日本映画の文法を書き換えるような、ひと夏ものの傑作となりました。

西伊豆で旅館を営む山本家の次女つぐみ(牧瀬里穂)は、幼い頃から体が弱く、ちやほや甘やかされた結果、凶悪な性格の美少女に成長。旅館の離れに住んでいたいとこのまりあ(中嶋朋子)は、母の再婚と大学進学で東京へ引っ越していたが、夏休みを西伊豆で過ごすことにする。つぐみは恭一(真田広之)と出会い恋をするが、厄介な不良グループに目をつけられ……。

映画の心臓になっているのはもちろん、強烈な輝きを放っていた、デビュー直後の牧瀬里穂。タイトルロールに相応しいフレッシュな存在感で、わがままでエゴの塊でありながら、そこになにか真実を隠し持っていそうな魅力を存分にふりまいています。そして主役を巧みに引き立てているのが、中嶋朋子によるナレーション。現在もラジオドラマ等、声で物語るエキスパートとして活躍していますが、当時19歳の彼女が語り手まりあを演じたことで、ちょっと少女漫画の匂いのする物語にリアリティがもたらされ、絶妙なバランスが保たれているのです。

脚色も手掛けた市川準監督が、原作のエピソードを緻密に再構成。吉本ばななの文体を映画の中に溶け込ませるという神業をやってのけています。西伊豆の柔らかな光を捉えた映像は胸がせつなくなるほど美しく、音楽使いも絶妙で、家族経営の旅館が舞台といういなたさが、かえっておしゃれに見えてくるセンスの良さったらない。全部をひっくるめて、なんて言うか、“雰囲気”があるのです。

市川準が映画にもたらした“雰囲気”。それを追従した人たちによって、平成映画には雰囲気が氾濫したのではと思えてきました……。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。短編小説&エッセイ集『あたしたちよくやってる』(幻冬舎)が発売中。

『クロワッサン』1007号より

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