大湖せしるさんが宝塚歌劇団を退団したのは7年前。そこから元来好きだった着物への思いが加熱した。自身のインスタグラムにアップされる、いろいろな着物姿。美しい着姿が目を引くが、和物の演目が多かった雪組出身ゆえ、所作は徹底的に仕込まれた。
「宝塚は主に芝居とショーの二本立て。芝居で着ていた着物からショーの衣装に着替える時など、舞台裏はまさに戦争です。ただし肌着や裾除け、襦袢など、どんなに時間がなくてもきちんと畳むのがマナーでした。所作だけでなく、着物の扱い方の基本が身についたのは、その経験のおかげだと思っています」
ただ、課題もある。舞台上での癖が抜けない着姿を、今後は改善していきたいという。
「もっと気軽に着ている風情になりたいのですが、それには姿勢が良すぎる気がするんです。お稽古流の着付けから卒業するには、舞台と一緒で場数が必要だと実感しています」
実は大湖さんは、男役から娘役に転向したという、珍しい経歴の持ち主。
「11年男役を経験後に転向するという前例はありませんでした。でも娘役を演じる作品を経験した時に、心にグッとくるものがあり、やってみたいんだと実感したんです。心に湧いてくる思いには忠実でありたいし、やらずに後悔したくないと決断しました」
そして今、自身の心を掻き立てるのは着物。なぜここまで好きなのか理由はわからないが、今後なんらかの形で着物の世界に携わりたいと、今はとにかく着る機会を増やしている。
「これまでは祖母や母、先輩から譲られた着物を着ていましたが、一昨年初めて自分で選んだのが、今日の着物と帯なんです」
信頼できる着物通の知人と出かけたのが、美術館が収蔵する染織品の復元なども手がける永井織物のブランド「永治屋清左衛門」の展示会。オリジナルの糸による、光の加減で微妙に色や模様が浮き立つ二重(ふたえ)織りに心を奪われた。18世紀ヨーロッパのダマスク織物に着想を得た植物柄の地紋、どんなシーンにも着映えしそうな一枚だ。
「見たことのない美しさで、第一印象で『これだ!』って……。大げさな訪問着ではなく、かつ晴れやかな場にも着ていける一枚が欲しかったのと、箪笥に入ったこの着物を見たら気分が上がるに違いない、と直感したんです。帯を替えるとまた違った印象になるのも、この着物の魅力だと思いました」