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【鈴木マキコさんインタビュー】生々しい感情ごと〝離婚生活〟を描く私小説『おめでたい女』

生々しい感情ごと〝離婚生活〟を描く私小説。

すずき・まきこ●1963年、東京都生まれ。夏石鈴子のペンネームで『バイブを買いに』『愛情日誌』(共に角川文庫)、『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館文庫)などの著書が。本書はその名を捨てる覚悟で書かれた。カバーを外すとサプライズが。

撮影・中島慶子

17歳年上の映画監督の夫は一度も生活費を入れず、妻の稼ぎで暮らしている。息子の出産当日、破水して病院に向かおうとしたら、出産費用を博打に持ち出していた。家族が一緒に暮らせるマンションを妻が買い、通帳に残った197万円余りはたった2週間で残金923円まで使い込まれる。夫いわく、「金は出せって言われて、出した奴が負けなんだよ」。

驚きのエピソードは「すべて本当のことです」と鈴木マキコさん。夫は、映画『ツィゴイネルワイゼン』などを製作し、『赤目四十八瀧心中未遂』などの監督としても知られる奇才、荒戸源次郎さんだ。入籍前も含め25年一緒にいたが、このままでは夫を殺してしまうと感じた鈴木さんは離婚を決意。

「やられっぱなしでなるものかという思いはありました。私は物書きとして、離婚とはこんなふうに心がズタズタになるということを、離婚直後の生々しい感情をそのまま字にしたかった。読んでいて、息苦しいし、ツラいけど、これは全部本当の私の気持ち。決してなあなあにはしません」

ただし、筆致はあくまで淡々と。裏に潜む複雑な感情が、かえって凄みを増して響いてくる。

「酷い目にあったと怒りをそのままぶつけても芸にはなりません。自分を笑うくらいでないと。それに気づくまで、何度も書き直して、2年かかりました。これが世に出なければ死んでも死にきれないと、神様にお願いしたの。これまでの『夏石鈴子』というペンネームを差し出しますから、私に書き切る力をくださいって」

そして第2話を書いた直後、突然の知らせで夫は病死してしまう。

「その後に書いた原稿は、私の出したお葬式。私の字の船に乗せてあの人の魂を流したかった」

納骨の日の朝を描いた最後の場面には、結局、夫のことをものすごく愛しているじゃないか、と胸がいっぱいになる。

「この本は離婚のすすめでなく、結婚や恋愛がうまくいかない人の気持ちが軽くなるようにという祈りです。この女よりはましだとか、バカな女だと笑ってくれればいい。私の夫は、おもしろい男でした。才能もあって、きれいで頭も良くて。あの人と暮らして私はちっとも空っぽじゃなかったし、退屈しなかった。ちまちました恋愛、危なくないことだけの人生なんてつまらないでしょう。私は地獄好みなんですよ!」

作り事でない愛憎のすべてを書き切った鈴木さんは、形見の大島紬を仕立て直したという粋な和服姿で明るく言い放ったのだ。

小学館 1,500円

『クロワッサン』966号より

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