ただし、筆致はあくまで淡々と。裏に潜む複雑な感情が、かえって凄みを増して響いてくる。
「酷い目にあったと怒りをそのままぶつけても芸にはなりません。自分を笑うくらいでないと。それに気づくまで、何度も書き直して、2年かかりました。これが世に出なければ死んでも死にきれないと、神様にお願いしたの。これまでの『夏石鈴子』というペンネームを差し出しますから、私に書き切る力をくださいって」
そして第2話を書いた直後、突然の知らせで夫は病死してしまう。
「その後に書いた原稿は、私の出したお葬式。私の字の船に乗せてあの人の魂を流したかった」
納骨の日の朝を描いた最後の場面には、結局、夫のことをものすごく愛しているじゃないか、と胸がいっぱいになる。