『音の糸』堀江敏幸さん|本を読んで、会いたくなって。
電波はやっぱり、江戸前に限る。
撮影・小出和弘
オーディオでは、いつまでも聴いていたい音がいい音だ、という説がある。この本も、洒落ていてしみじみ共感できて、最後はクスリとさせてくれる、ずっと読んでいたい本。作家・堀江敏幸さんによる音楽についての50の物語。
「ある曲を聴いて、それにまつわる記憶が呼び覚まされることがあるでしょう。いつ、どこで聴いたか、そのときのレコードの匂い……、そんな記憶が混ざり合って物語を紡ぎ出していきます。音の糸、というのはそういうことなんです」
確かに、音楽には記憶や感情を喚起する力があります。
「覚えているはずもないことを急に思い出すこともあります。それが楽しいこともあれば、心に痛みをもたらす場合もあるけれど、音楽には人を、一瞬にしてその場所に戻してしまう力があるんですね」
音は、空気の疎密波という物理現象なのに、艷があるとか色彩豊かとか、濃いとか薄いとか、いろいろな表現を使うのが不思議です。
「色っぽい音を出す、といわれるイタリアのスピーカーメーカーがあります。取材で訪ねたとき、創業者でエンジニアのおじさんがかっこいい人で、移動のとき、愛用のポルシェには、通訳の女の人しか乗せようとしなかった……。そういうのが音に出るんですね」
高価で複雑なシステムで、素晴らしい音を鳴らしている人もいるだろう。でもそれよりも、音楽が心に入ってくるタイミング、角度のようなものが大事だという。
「ぼくが住んでいた田舎のレコード屋さんでは、新譜が入ると順番にかけてくれたんです。それが一番いい音なんですね。装置は高価なものじゃないのに、このレコードいいだろう、買ってよ、というように、楽しそうに鳴るんです」
そういえばこの本にはレコードのこともたくさん出てきますね。
「レコードとCDを比べたら、それは圧倒的にレコードのほうがいいです。ヴォーカル、特に歌謡曲などを聴くとはっきり違いますね。なぜなのかはわかりませんが」
そんな堀江さんが18歳で大学進学のために上京したとき、びっくりしたことがあるという。
「FM放送の入り方がぜんぜん違う。郷里では専用のアンテナを立てていたのに、電波は微弱で、雑音も多かった。それが東京ではT字型のフィーダー線を柱に画鋲で留めただけで、一瞬のうちにチューナーのメーターが振り切ってしまった。音もあたたかいというか、こりゃレコードよりいいぞ、やっぱり電波は江戸前に限る、と(笑)」
小学館 1,600円
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