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『稀代の本屋 蔦屋重三郎』増田晶文さん|本を読んで、会いたくなって。

江戸随一のメディアクリエイターです。

ますだ・まさふみ●1960年、大阪府生まれ。26歳で筋トレを始め、現在も継続。『果てなき渇望』『速すぎたランナー』『うまい日本酒はどこにある?』『吉本興業の正体』などノンフィクションの著作多数。『稀代の本屋 蔦屋重三郎』は小説第3作。

撮影・新井孝明

出版不況である。だからこそ、江戸に出版文化を興した「稀代の本屋」を小説にしたかった。増田晶文さんはおだやかに、生真面目そうに話し始めた。

「喜多川歌麿の画才を見抜き、東洲斎写楽を発掘した蔦屋重三郎は “果てなき渇望の人” です。板元(今でいう版元=出版社)として黄表紙の山東京伝、恋川春町、狂歌の太田南畝に活躍の場を与え、読本の滝沢馬琴や滑稽本の十返舎一九、浮世絵の葛飾北斎の世話をした。プロデューサーで編集者でデザイン感覚やコピーのセンスも豊か。メディアの怪物です」

念のために聞いてみたが、現代のTSUTAYAと江戸の蔦屋重三郎に直接つながりはない。

「吉原を出版の力で単なる遊廓の街からイメージアップさせた功績もすごい。『細見』というタウンガイドを独占販売し、遊女をモデルに豪華絢爛なファション誌を仕立て、吉原を江戸で最もクールな街へとまつりあげた腕は見事です」

好景気の田沼時代に身を起こし、江戸の文化のキーパーソンとして人と人をつないだ蔦重。一転して不況の松平時代、検閲で春町が自死し、京伝が創作を投げ出しても、蔦重はめげなかった。

「写楽が活躍した約10カ月のうち、最も異様な初期の28作。これは蔦重がクリエイターとして力を発揮し、能役者の齊藤十郎兵衛を “あやつって” 描かせたものだと私は考えます。以後は人形の糸が切れて、コントロールが利かなくなった。蔦重の執念の最後の輝きこそが写楽の本質です」

増田さんのデビュー作はボディビルダーの執念を描くノンフィクション『果てなき渇望』。その後もスポーツもののノンフィクションを書く機会が多かった。最近は小説に軸足を置いている。

「いまスポーツと距離をとっているのは、ほとんどの選手がプロダクションに入って密な付き合いができない上に、書いたものを検閲するから執念が描けないんです。歴史小説がありがたいのは、人としての業を書き記しても誰からも咎められないことですね」

現代と同じように、江戸の昔も業の深い “果てなき渇望の人” がたくさんいた?

「いましたね。強烈な、癒やすことのできない渇望を抱き続けている人が。幕末の浮世絵師なんですが、独特な絵を描くだけでなく、壮絶な人生の男。彼のことを小説にすることに決めています。破滅型の彼ともう一人、斯界の大物との関わりを描くと面白いはずです」

草思社 1,800円
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