『ダルちゃん 全2巻』著者、はるな檸檬さんインタビュー。 「人は多かれ少なかれ、ダルダル星人なのかも」
撮影・黒川ひろみ(本)岩本慶三(著者)
主人公の丸山成美=ダルちゃんは24歳の派遣OL。皆のためにお茶を汲み大量のコピーをし、17時には漂白したふきんを干してオフィスを後にする。喜びをもってルーティンをこなすダルちゃん。
このコミックは資生堂『花椿』のウェブ版に連載されていたものだ。長年、最先端のカルチャーを牽引してきた同誌。そこで描かれる働く女性像としては少し穏やかすぎる、と思うのは早計。彼女は物語のなかで十二分に戦っていた。
「『20代の女性に共感される物語を』という前提で連載を始めて」と、はるな檸檬さん。
「しかし蓋を開けてみると、多く集まったのは私よりも上の世代の女性からの声でした。『私もダルちゃんだった!』って」
ダルちゃんは生まれついての「ダルダル星人」。その実体は輪郭が曖昧な、ゆるゆるとした流動物のよう。子どものときから周りに馴染めずつらい思いをするが、他の女の子たちの立ち居振る舞いを観察し擬態することで適合する術を覚える。男の子やおしゃれに興味のあるふり、気の進まない化粧。そうして常に緊張の中に生きてきたダルちゃんにとって、することの決まった補助的業務はそこそこ居心地がいいのだ。
そしてダルちゃんに訪れる試練。ハラスメントじみた態度で近づいてくる男性社員に戸惑うが、むしろ、躍起になって彼をダルちゃんから引き剥がそうとする先輩女子のサトウさんに反発する。「上から人を見下して」とつぶやき、あてつけるように男性と仲良くしてみせるが、予想に違わず、ダルちゃんが傷つく形で終わる。
「サトウさんに注意されてハッとなり『ですよね』となる予定でした。でもダルちゃんが『サトウさん嫌い』と言い出して。これをきっかけにダルちゃんが私の手を離れて1人で歩き出した感じ」
サトウさんには彼女を矮小化して支配しようとした恋人との苦い過去があり、ダルちゃんに昔の自分を見たのだ。2人は友だちとなる。
後半、ダルちゃんに初めての恋人ができる。彼との関係で感情を解き放せたことも手伝い、詩の創作という表現を獲得する。しかし両方を手にすることは難しいとわかり、選択を迫られる。その過程は痛みを伴い、やがて清々しい。
「ダルちゃんに大事なものができる、でも1つの大事なものがもう1つを否定する、というところを描きたかった。2つを天秤にかけて、より自分の軸にあるものを取る、という流れを描きたくて」
今は特に、SNSなどで他人からの評価が目に見えやすい時代。
「他者と自分の価値観が相反するものになったとき、自分自身にちゃんと耳を傾けること。その先に幸せはあるんだよ、と言いたくて」 ダルダル星人とは何の比喩?
「人は誰もがダルダル星人なのかなと。みんな社会的な自分と、本能に近い自分との間で生きている」
作中、ダルちゃんが一歩進むたび、満開の桜が寿ぐ。全体にシンプルな描画のなかでその場面は光に満ち、読む者の心を震わせる。
『クロワッサン』1000号より
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