リョウコさんの仕事は帰宅が遅い。時には演奏旅行で何日も家を空けることも。2人の娘を置いて出ることを近所の人に咎められる場面は胸が痛いが、彼女は、娘たちに「ごめんね」とは言わなかった。
〈音楽家としてのリョウコに、母親らしい時間を割かせることはなかなか難しかったし、私も彼女にそれを望んではいなかった。そして、やりたいことに全身全霊を注いで生きるリョウコにも、後ろめたさはなかった。だから、私のなかにくよくよする性質が育まれることもなかったのだ〉
「母が深刻な事態でも悩まない人だったのは私にとってすごくラッキーでした」とヤマザキさん。
「近所の人に叱られてもお金がなくても常に『なんとかなるわよ』と楽観しているんですよ。周りから何を言われても気にしないし、人と比べない。それが子どもにとってどれだけ救いになったか」
その美点は、17歳でイタリアに留学したヤマザキさんが、未婚のまま乳飲み子を抱えて帰国したときにも発揮される。
〈一瞬の驚きの後に「孫の代までは私の責任だ」と満面の笑みで言い切ったリョウコ〉
「びっくりして、でもうきうきうれしそうでした。『新しいことが始まるぞ!』って。苦労して、人生は思いどおりにはいかないことを体現してきた人だからでしょう」
今日びの、SNSを通して誰かの生活や育児がキラキラして見えがちな世の中で、リョウコさんの自分の人生に真摯に向き合う姿は勇気をくれる。
前書きにはこうある。
〈鼻息荒く駆け抜ける野生の馬のように自分の選んだ仕事をし、子供を育ててきた一人の凄まじき女の姿を思い浮かべてもらうことで、自分や子供の未来に対してどこまでも開かれた、風通しの良い気持ちになってくれたら〉
エッセイの合間にコミックがちりばめられていて、物言うごとにカッ!と目を光らせるリョウコさんのキャラクターが痛快だ。爽やかな「朝ドラ」のような物語をぜひ。