くらし

『ぼくは朝日』著者、朝倉かすみさんインタビュー。「“よきもの”を持った子にしたかった」

小学4年生の男の子、朝日の視点で描かれる大切な人たちとの絆の物語。彼の心の声の描写が何とも微笑ましい。潮出版社 1,500円

舞台は、カラーテレビが普及し始めた頃の北海道小樽市。小学4年生の男の子、西村朝日は、年の離れた姉と自由気ままな父親の3人家族。彼らのささやかな日常を、朝日の視点から描いた小説だ。

あさくら・かすみ●1960年、北海道生まれ。2003年に『コマドリさんのこと』で北海道新聞文学賞、’04年『肝、焼ける』で小説現代新人賞、’09年『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞。その他の著書に『てらさふ』『乙女の家』など。

撮影・黒川ひろみ

「彼は、生まれてすぐに母親を亡くした子。記憶はなくても、“お母さんが悲しむ”という言葉が一番こたえるほど母親を大切に思う、素直さがある。すぐ隣にいる人を褒めるのは少し恥ずかしいものだけど、彼は自分がいいと思ったら躊躇せずに心の底からそれを伝えられる。誰もが見失いがちな“よきもの”を持っている子にしたかった」と朝倉かすみさん。

そんな朝日を通して描かれる様様な出来事に、読み手は自身の子ども時代を重ね、懐かしく思う。

「物語の出来事は私の幼少期のエピソードから拾ってきたものもあります。たとえば、買ったばかりのカラーテレビに磁石をつけて遊んでいたら、壊してしまったシーンなど。子どもの頃は何もかもが新鮮だから、今でも当時の感情を鮮明に覚えているんだと思います」

朝倉さんが子ども時代を過ごした“昭和”を選んだのにも理由が。

「あの頃は、とにかく子どもも大人ものんびりしていた。家庭内に事情がある子がクラスにいても、周りは詮索するでもなく普通に受け入れていたり。そういういろんな人を受け入れる“昭和のあたたかさ”を描きたかったんです」

気づいたら元どおりになるのが 家族のあり方だと思います。

物語の終盤、朝日は夜中に1人声を押し殺して泣く姉に気づく。

「子どもの頃、家族がシリアスな雰囲気になる〈大人の時間〉ってありましたよね。何が起きているのかわからないけど、子どもながらに空気でわかるもの。いつも口うるさいくらいのお姉ちゃんが泣いている、という事実にただならぬものを感じていたと思います」

1人布団で震え泣く姉を前に、かける言葉が見つからず、彼は布団から這い出て頭をそっと撫でる。

「あれは朝日が、何かやらなきゃと思って本能的に出た優しさ。だけど、本人は深く考えてやったわけではないと思います」

姉が沈み込んでいる原因が、段段と明らかになっていくシーンがある。その場にいる誰一人として核心をついた発言はしないのに。

「映画やドラマだと、明らかに空気が変わるような転換となる出来事があってその場が解決することが多い。誰かが決めゼリフを言うとか。でも現実はそうじゃないと思った。いつもは息子と一緒にふざけるばかりのお父さんが、お姉ちゃんの見えないところで思い切った行動に出たり、朝日も何もわからないなりになんとかしなきゃと的外れな発言をしてみたり。そうやって不器用ながらもみんなで無意識のうちに、元どおりになるように軌道修正していく。気づいたら元どおりになるのが家族のあり方なんだと思います」

朝日を中心として、家族みんなが絆を深め合っていく様が不完全だからこそ、愛おしさを覚える。

『クロワッサン』988号より

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