くらし

柳橋の芸者置屋をスケッチし、 “終わり”のはじまりを描く名篇。『流れる』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」

『流れる』。1956年公開の東宝作品。DVDあり(販売元・東宝)

柳橋といえば江戸時代からつづいた由緒ある花街。その芸者置屋で、幸田文が実際に女中として働いた経験をもとに書いた小説を、成瀬巳喜男が刊行翌年の1956年(昭和31年)に映画化。さすがは女性映画の巨匠だけあって、田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、岡田茉莉子、杉村春子など、とんでもなく豪華な女優陣が惜しげもなく投入された、オールスターキャストの群像劇になっています。

置屋「つたの屋」で新しく働くことになった女中の梨花(田中絹代)。女将のつた奴(山田五十鈴)は三味線の名手ながら、男に騙され借金を抱え、芸者たちにも軒並み去られてすっかり落ち目。娘の勝代(高峰秀子)は芸者が性に合わず半年で廃業し、何をするでもなく自分を持て余している。「つたの屋」のピンチともいえる苦しい日々が、スケッチ風に淡々と描かれます。

俗に華やかな世界ほどその内実は地味と言いますが、花柳界という最もきらびやかな世界を内側から描いた本作は、汲々たる日常が生々しく綴られた、驚くほど地味な映画であります。しかし! スルメ的な噛みごたえは紛れもなく一級品。とりわけ脇を固める婆たちのあくどい芝居は必見です。つた奴の異母姉でありながら、借金に利子をつけて取り立てにやって来る賀原夏子の国宝級の嫌ったらしさ。10歳年下の男に逃げられた杉村春子は「へぇ~大変なことをおっしゃいましたよこのお嬢さん。女に男がいらないだってさ、あっはっはっは~!」とギリギリの狂態を演じ、そして大正時代の映画スター栗島すみ子は、マフィアのドンさながらの存在感を放つ。

そんな濃いめの人間模様にあって、原作者の幸田文とニアリーイコールで結ばれた田中絹代は、朱に交われど赤く染まることなく、女中ながらどこまでも高潔な人間性を感じさせます。まるで、一つの時代の終焉を見届けに遣わされた天使のような絹代……。

柳橋は20世紀の終わりに最後の料亭「いな垣」が店を畳み、花街の幕を閉じたという。

山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。映画化した『ここは退屈迎えに来て』が現在公開中。新刊『選んだ孤独はよい孤独』。

『クロワッサン』988号より

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