くらし

【大和和紀さん・林望さん対談】愛・嫉妬・権力…千年を超えてなお、『源氏物語』に惹かれるわけ。

  • 撮影・青木和義 文・三浦天紗子 撮影協力・ホテル椿山荘
『(改訂新修)謹訳 源氏物語』一〜六巻(以下続刊/祥伝社文庫)720〜760円。帯の色合いも美しい。単行本版は十巻まで全巻刊行されている。

大和 ところで、光源氏という人物について、林先生はどう思われますか。

林 思うに、源氏物語は女の物語です。実際、光の君はひとりひとり女性に対して態度が違う。そうやって相対化されていくだけです。桐壺という見果てぬ夢を追い求めた光源氏は色好みだの最低だの言われるけれど、仮に、女性から見てまったく魅力がない男だったら、物語が成立しないでしょう。

大和 そうじゃないと、女性から見て腹立たしいだけですからね。だから、光源氏は高貴な王子様で見目麗しく武芸にも秀でているほぼ完璧な男として描かれますが、一方では、そんな人でも苦悩するし失敗もする。人間って所詮そういうものなんだというのが、紫式部が最終的に言いたかったテーマなのかなと思います。

林 源氏物語は、恋愛や結婚、出世や権力、貴族の暮らしぶり、怪異、ユーモアとたくさんのテーマやモチーフが絡み合う、多面体の物語です。ヒーロー小説の要素も、夕霧、薫のころになるともう矮小化されていて、終始うじうじ言っていますね。これじゃ「宇治十帖」じゃなくて「ウジウジ十帖」だよと(笑)。

大和 男に頼っちゃだめだよというフェミニズムも感じます。私から見ると、紫上はとても可哀想な女なんですね。浮気三昧でも玉鬘(たまかずら)あたりまではまだいい。でも皇女である女三の宮の登場は、結局、自分を正妻にする気はないのだと思い知らされたわけで、すごくショックだったと思います。また、子どもができなかったことで、子どもの両親という絆は得られず、ずっと女性として光源氏をつなぎ止めていかなくてはいけない。その緊張から逃れられない運命は苦しいでしょうね。

林 紫上は光源氏の浮気に耐え、子どももできず、確かに散々な苦労を舐めます。が、「御法」の帖では、紫上が引き取って育てた明石の中宮が、死の床にいる紫上の手を握って看取る。帝や中宮など高貴な人々は死の穢れに触れてはいけないので、帰るように促す勅使が度々来るんですが、それでも義娘ら親しい人に見守られ、ふっと命の灯が消える。当時の人たちからすると、こんな幸せな死に方はない。女性の生き方という視座をとると、私は、物語中で唯一、幸福に死ぬ女が紫上だという見方もできるのかなと。

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