くらし

【あの本を、もういちど。ロバート キャンベルさん】銀座文学を集め、読み漁って10年。この街が舞台の本に耽溺しています。

  • 撮影・岩本慶三 文・一澤ひらり 撮影協力・和光

時計塔の鐘の音が聞こえる所、そこが銀座。音の風景も魅力。

キャンベルさん愛読の銀座本。手前から『岡本綺堂随筆集』(岩波文庫)、『銀座二十四帖』(井上友一郎著 新潮社 昭和30年)、『午前零時』(井上友一郎著 新潮社 昭和28年)。

しかし、岡本綺堂が描いたような江戸の風情が銀座から完全に消えたのが関東大震災。壊滅した銀座は驚くべき勢いで復興を果たすが、敗戦後もこのときほど早くはないが再び復興を成し遂げる。途方もないエネルギーを内包している街でもある。
「戦前に大阪から上京して東京の文壇で活躍していた井上友一郎という作家がいます。彼が敗戦直後から進駐軍占領下の時代に銀座を舞台にした小説を10冊ほど書いているんですけど、これが実に読ませるんですよね。それで初版本を全部集めたんです。今日はそのうちの2冊『午前零時』『銀座二十四帖』を持ってきましたが、大衆小説で、どちらも映画化されたりして、当時はものすごく人気があったんですよね」

『午前零時』では冒頭、ヒロインの内海映子が芝居の稽古終わり、築地から恋人と待ち合わせている尾張町交差点に向かって歩いていく。やがて服部時計店(現・和光)の時計塔から午前零時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「雨が降っていて、文字盤がおぼろ月のようで見えない。ネオンが濡れた道に反射して、車が走りすぎるなかで時計塔の鐘の音が聞こえてくる。音と空間が一体になった情景として描かれるんです。銀座はもともと別世界、東京に埋め込まれた都市の鐘の音が街の絆のように思えて好きなんですよね」

『銀座二十四帖』は川島雄三監督によって映画化され、森繁久彌の軽妙なナレーション、月丘夢路、三橋達也が出演してヒットした。思い出の肖像画の描き手を探す人妻に、さまざまな人間模様が交錯していく物語だ。
「井上友一郎は、男女の際どく臨場感あふれる関係を描くことが巧みな作家です。『銀座二十四帖』は時代の先端をいく風俗だけでなく、銀座の闇社会が描かれていたり、お針子さん、花売り娘、酒屋のおにいさんとか、銀座を裏で支えてたくましく生きている人たちの群像を描いていて、いま読んでも面白いですね」

銀座愛に目覚め、銀座が舞台の本を見つけるとちょっと興奮してしまう、とキャンベルさん。
「銀座は街自体が魅力的で、品格がありますね。着物を着るようになったのもこの銀座だし、僕の好きな街です」

ロバート・キャンベル●日本文学研究者、国文学研究資料館 館長。東京大学名誉教授。近世・近代文学、特に江戸後期から明治期の漢文学、芸術、思想などが専門。著書に『ロバート キャンベルの小説家神髄』(NHK出版)など。

『クロワッサン』979号より

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