戦後焼け野原になった東京・六本木にハリウッド美容室を開店。メイさんのその人の個性を生かすヘアメイクを慕う女優や、流行をとりいれたいという客で店は大繁盛。さらに高度経済成長を受けて、近隣に店舗を移転して東洋一と呼ばれるビューティーサロンを建設。日本の復興に合わせるかのような勢いで、メイさんは「美」への思いを具現化していく。
「手先が器用なうえに、並外れた技術と能力を持っていたメイさんは、そこで満足せずに、もっと良い美容法はないかを亡くなるまで考えていたんです」
70代に入ってからはお団子ヘアに着物スタイルでバラエティー番組にも出演。自身が実践する自然食や美容のアドバイスを行い人気者にもなった。さらに88歳の米寿を迎えると、長年親しんだサロンと隣接する自宅を六本木再開発のなかで移転する。
「ふつうなら思い出の場所が変貌することを悲しむと思うんですが、メイさんは『新しくなるんだからいいじゃない』と言って、気持ちを切り替える。くよくよ悩むということがなく新しい試みに目を向けていくんです」
4年後には「ハリウッドビューティプラザ」として、六本木ヒルズ内に地下3階、地上12階建ての自社ビルが完成。メイさんは新天地で講演会を行うなかで、後進の指導にあたった。