考察『豊臣兄弟!』36話 秀長(仲野太賀)、四国の大一番。関白・秀吉(池松壮亮)に蜂須賀正勝(高橋努)がかける言葉とは…。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
そこに愛はないんか
人は様々なものを身にまとい、生きている。
家柄。身分。立場。装束。甲冑──。
『豊臣兄弟!』36話は、登場人物たちが、それらの奥にある「まことの姿」を見つめる回だ。
天正12年(1584年)11月。
羽柴秀吉(池松壮亮)は織田信雄(山脇辰哉)&徳川家康(松下洸平)と和睦した。
和睦後、徳川家康は次男・於義伊(立花利仁)を、秀吉の養子という名目で人質に出す。
「庶子ゆえこれまで人前に出さずにいたが、これで奴も日の目を見ることができた」
冷ったいなあ!
母は違うとはいえ三男・長丸(日影琉叶)と同じ我が子だろう。
そこに愛はないんか。
於義伊の母は家康の側室でも妾でもない。
家康の居城の外で生まれ育ち、父子としての交わりは、ほとんどなかったという。
やっと父に子として認められたかと思えば、人質として送られるとは哀れな境遇だ。
於義伊は10歳。
羽柴に対して敵意はないという父の言い分を、羽柴兄弟に伝えることができる年齢。
戦となれば、人質の命は奪われることも理解している年齢──。
おそらく、父がまた羽柴と戦うつもりであろうことも、わかっているのだろう。
手元で慈しむ長丸ではなく、放置していた自分を人質としたのだから。
可哀想に、すっかり怯えているではないか。
羽柴小一郎秀長(仲野太賀)は
「今日からここがそなたの家じゃ。存分にくつろぎなされ」
と、優しく声をかける。
於義伊はこの天正12年12月に秀吉のもとで元服し、羽柴秀康と名乗った。
徳川家康と豊臣秀吉というふたりの天下人を父に持つ、のちの結城秀康である。
羽柴兄弟は、家康の言伝を信じてはいない。
秀長「いずれ徳川とはけりをつけねば」
秀吉「その時のために、もっと力をつけねば」
秀吉は、軍事力以外の強大な力を得るため動く。
天下人の条件
秀吉が掴もうとしているのは、関白の地位であった。
秀長からそれを伝えられた蜂須賀正勝(高橋努)が
「関白って、あの関白か! 朝廷で帝の次に偉い? おおおお」
と仰天するのも無理はない。
関白になれるのは、公家の中でも五つの家の者だけ。
五摂家と呼ばれる近衛家、一条家、九条家、鷹司家、二条家だ。
百姓出身の人間がなりたいと望んでも届くはずはない。
しかし関白ともなれば、家康が無視できない権威を手にすることができる。
秀吉は関白任官を果たすために、近衛龍山(前野朋哉)の猶子になろうとしている。
猶子とは、官位にふさわしい家格を得るための養子縁組だ。
秀吉は居城である妙顕寺城(現・京都府京都市)で、近衛龍山との会談に臨んだ。
龍山は出家後の名で、もとは近衛前久(さきひさ)と言う。
関白だったが、室町幕府15代将軍・足利義昭(尾上右近)によって解任され、京の都から追放された過去がある。
大河ドラマ『麒麟がくる』(2020年)では、本郷奏多が演じていた人物だ。
近衛龍山(前久)の追放後、関白職は二条家が務めている。
会談には応じたものの、猶子を渋る近衛龍山。
秀吉は自分であれば、二条家から関白の座を取り戻すことができると説く。
これまでも秀吉は、朝廷との繋がりを重視し行動してきた。
主君である織田信長(小栗旬)が、時に対立しながらも朝廷を支援、協調して天下人然とした姿を間近で見ていたからかもしれない。
小牧・長久手合戦の和睦を結んだ直後の天正12年11月21日に、秀吉は朝廷から従三位・権大納言の官位を与えられ、あくる年の天正13年の3月10日、正二位・内大臣に叙された。
朝廷側が、秀吉を次の天下人と見定めて働きかけたとも取れる。
しかし当の朝廷も、さすがに関白の位を望むとは思いもよらなかったのではないか。
秀吉はできることは全てやった。
あちこちに金銀をばらまいた。
荒れ果てた御所の壁を直し、いくつも御殿を建てて、正親町(おおぎまち)天皇からお褒めの言葉も頂戴した。
準備は万全に整えたのだ。あとは、関白にふさわしい家柄を手に入れるだけ。
近衛龍山は、なぜ将軍にならないのかと問う。
「将軍は武家の棟梁にすぎませぬ。されど関白は、帝の代わりとなって、全ての民の上に立つ者。私はそこからの眺めを見てみたいのじゃ」
秀吉の思いを打ち明ける姿に心打たれたのか、近衛龍山は膝つき合わせ、心の内を語る。
「私はずっと、侍になりたかった。御所の中で醜い諍いに振り回されるよりも、思うがままに野山を駆け、己一つの力でのし上がり、生きてみたかった。そなたのように」
近衛龍山──近衛前久は、異色の関白である。
越後国(現・新潟県)の上杉謙信と盟約を結び、現役関白でありながら越後に下向、軍事行動に加わった。足利義昭に追放されたが、織田信長の取り成しで都に戻った。
そうした歴史を踏まえての台詞ではないだろうか。
大酒飲みの上杉謙信と酒宴に興じて二日酔いに苦しんだり、信長とは鷹狩仲間になったりという逸話が残る男だ。
前久は当時の公家、しかも関白という重い位にしては、かなり思うがままの人生を送ったのではなかったかと想像する。
だが、本作では朝廷と室町幕府に雁字搦めにされた、哀しい男として描かれる。
侍になりたかった元関白と、関白になりたい元百姓の侍。
「私の子ぉにしたげます。どこまで行けるか、見してみやれ」
裸一貫でのし上がり、元関白と同じ座敷で膝を突き合わせるまでになった秀吉に、龍山は己の夢を託したくなったのであろうか。
猶子の縁組を約束した。
「鬼若子」の悲願
秀長は、四国攻めの総大将として出陣する。
小牧・長久手合戦で、羽柴との対決姿勢を鮮明にした長宗我部元親(磯部寛之)を討伐するためだ。
戦を回避する道は、双方が探った。
四国平定あと一歩のところまで来ていた長宗我部元親に対して、羽柴は阿波(現・徳島県)、伊予(現・愛媛県)、讃岐(現・香川県)領有を諦めるなら、土佐(現・高知県)一国を安堵すると伝えた。
長宗我部元親は土佐と伊予の二カ国を望む。
交渉は決裂し、戦となってしまった。
羽柴勢は3月に長宗我部と友好的な関係にあった紀州国(現・和歌山県)の雑賀衆、根来衆を攻撃し勝利。長宗我部を孤立させる。
良質な木材を生産する森林豊かな紀州国を領地とした秀長は、四国攻めの大軍勢を運ぶ船を製造。
さらに、家臣の吉川平助(松岡広大)に大小の船を集めさせ、1000隻近くの大船団を組織した。
この大船団で、長宗我部を脅かすのだ。
天正13年6月。
水平線の向こうに、数えきれない敵船を認めた長宗我部勢は言葉を失う。
迎撃を籠城戦に切り替えた長宗我部元親は、白地城(現・徳島県三好市)に急ぎ取って返した。
城内で軍略を練り直すため足を早める元親が、ふと歩みを止める。
その視線の先には、女物の小袖。
柔らかな、優しい彩りに元親は一瞬だけ忘我の境地に浸る。
25話(記事はこちら)、こうした着物を
「好きじゃき」
と小一郎に語った表情を思い出す。
本来ならこうした装束を身に着けて、穏やかに暮らしていたかったと微笑んだ男だ。
だが、四国統一の悲願が元親から美しい小袖を剥ぎ取り、重い甲冑を着せる。
おとなしくて「姫若子」と呼ばれた少年は、23歳の初陣で鬼神のごとき戦いぶりを見せると今度は「鬼若子」と称されたと伝わる。
土佐に押し寄せる敵を攻め返し、二度と侵攻されぬよう四国を統一する。
その望みを掲げての20年以上の戦闘で、敵の血も味方の血も多く流された。
一領具足と呼ばれる半農半兵の者たちも、戦ってくれた。
だが宿願成就の一歩手前で、織田信長に阻まれた。
織田信長の横死の後は、羽柴秀吉が立ちはだかる。
「もうじゅうぶんじゃ!」
圧倒的な兵力の差を見せつけられても、いくつ城を落とされても。
降伏などしない。
元親の中で、鬼若子が猛り狂っている。
儂の惚れた男
夏が来ても、元親が降伏する気配はない。
業を煮やした秀吉から秀長へ、自ら四国へ出陣すると報せがあった。
秀長は、かつての邂逅を思い返して、元親の人柄を信じたいと言う。
「長宗我部殿を説き伏せたい。心強い味方となってくれるはずじゃ」
いま少し、説得の時間がほしい。
秀長の願いを受けて、蜂須賀正勝が秀吉の説得に向かう。
秀吉が戦支度を整え、四国総攻めに出立する直前の大坂城。
ものものしい空気の大広間に、具足下着に小袴姿の気楽な格好で蜂須賀正勝がやってくる。
平伏せず立ったまま秀吉と話すのは、与力でも臣下としてでもなく、友としてここに来たからだ。
もちろん、秀吉も無礼だと咎めない。
「だいじないか」と負傷した蜂須賀を気遣う言葉には、血の通った温かさがある。
だが、秀長の戦いを見届けてやってくれとの蜂須賀の申し出は強く撥ねつけた。
天下一統の道はまだ途中なのだ。
徳川、北条、毛利…その他、日本中の大名が羽柴の戦に注目している。
長宗我部を降伏させられず攻め滅ぼしもせず、時間をかければ敵対勢力が動き始める。
味方から裏切りが出るかもしれない。
蜂須賀は笑う。
振り返るのは、羽柴兄弟と出会った頃のこと。
秀吉の出世の第一歩となった墨俣一夜城(7話/記事はこちら)からのつきあいだ。
藤吉郎&小一郎兄弟に、当時は袂を分かっていた、自分と前野長康(渋谷謙人)の義兄弟の契りを重ねたのだった。
「関白になる。凄いのう」「じゃがのう。儂にとっては、もっと大事なことがある」
「その関白が、儂の惚れた男かどうかじゃ」
羽柴兄弟の強い絆に惚れて、ここまでついてきたのだ。
その絆は、今でも保たれているのかと涙を浮かべて問いかける正勝に、秀吉は折れた。
蜂須賀「上様! ありがとうございまする!」
天下人への敬称、上様。
さすがは俺の惚れた男よという喜びがこもった礼である。
その天下人である秀吉の振り上げた拳をいったん納めさせるとは、さすが我らが蜂須賀さんだ! と拍手した。
だが。
蜂須賀正勝、この天正13年で60歳……。
羽柴兄弟の傍からまた一人、旧き友が去ろうとしている。
初演技に初大河!?
降伏勧告の仲介をする谷忠澄(堀部圭亮)を通して、秀長から元親に贈り物が届けられた。
それは、見事な女物の小袖。
小一郎と元親が初めて会った4年前のあの日、元親が着ていた小袖にできるだけ似たものを揃えたのは、秀長が心を砕いた証だろう。
谷忠澄は秀長の言葉を伝える。
「殿を説き伏せることができるのは、あの時の殿しかおらぬと」
「あれが、まことの長宗我部元親なのだと」
戦うために封印してきた穏やかな姫若子を思い出し、涙が止まらない元親。
谷忠澄も、小一郎秀長に賛同する。
私の知っている殿は、家臣領民のことを一番に考え、これ以上の戦闘で犠牲が増えることを望まないはず……。
元親に見出されて長年仕えてきた忠臣の説得は、小袖とともに元親を包み込む。
8月。
秀長との交渉の席に、元親は贈られた小袖姿で現れた。
戦に明け暮れる鬼若子を、美しい小袖で封じて降伏勧告に応じる。
元親「この姿がまことの儂であると言うてくださった貴殿の言葉は、儂にとって救いでございました」
秀長「違う出会いなら、儂らは友になれていたかもしれんな」
元親「なんでそこまで儂のことを」
秀長「……好きじゃき」
好きという感情に理由などいらない。
破顔のち、元親は両手をつき、これよりは天下一統の夢に助力すると誓った。
磯部寛之の芝居は、猛り狂う鬼若子と、小袖に涙する穏やかな姫若子、どちらも同じ長曾我部元親なのだと自然に納得させるものだった。
大河ドラマは勿論、演技そのものも初挑戦だと知り、驚くばかりである。
最高権力者
元親が降伏する少し前の、天正13年7月11日。
秀吉は妙顕寺城で、衣冠束帯に身を包み、朝廷からの勅使を迎える。
従一位・関白宣下──。
羽柴藤吉郎秀吉、このとき49歳。
一介の小百姓から、この国の最高権力者へ。
日本史上、他に類を見ない大出世であった。
次回予告。
『秀長の国』は大和国(現・奈良県)。
「大和は最もやっかいじゃぞ」「寺に逆らうことなどできぬ」
大きな存在、寺社勢力とどう向き合う、小一郎?
……待ってください。蜂須賀正勝さん、長生きして。
史実無視でお願いします! ダメもとで言ってみる!
37話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山田涼介、井上和 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
津野倫明(著)『長宗我部元親と四国』吉川弘文館,2014年
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
柴裕之(著)『徳川家康 中世から近世へ』平凡社,2017年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹(著)『徳川家康の最新研究──伝説化された「天下人」の仮面をはぎ取る』朝日新聞出版,2023年
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年