考察『豊臣兄弟!』25話 恐怖の相撲大会! 森乱(市川團子)登場、来るべき波乱はもうすぐそばに…。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
正勝、おめでとう!
安土城完成祝賀会が、恐怖の相撲大会に。
「変事の予兆」、本能寺の変への序章である25話。
安土城の場面の前に、ひとこと言いたい。
蜂須賀正勝(高橋努)、城持ちの悲願達成おめでとう!
正勝は天正8年(1580年)で55歳。
小一郎(仲野太賀)&秀吉(池松壮亮)兄弟と出会った時の約束は「3年で城持ち」だったが、龍野城主になるまでに15年もかかってしまった。
サプライズ城プレゼントに涙する正勝、祝福するチーム羽柴。
きっと竹中半兵衛(菅田将暉)もこの場にいて、微笑んでいるにちがいない。
ひと癖ある新キャラ、長宗我部元親とは?
さて、安土城完成祝いの宴の場面。
能楽『羽衣』の天女として、織田信長(小栗旬)の前に鮮やかに現れたのは土佐(現・高知県)国主、長宗我部元親(磯部寛之)だ。
信長「四国はどうじゃ?」
元親「切り取りは着々と進んでおりまする。上様にお認めいただいたおかげでござりまする」
長宗我部元親はこれより少し前の天正6年(1578年)頃に、信長から
「四国儀は元親手柄次第に切り取り候へ」
(四国については、長宗我部元親が武力制圧した場所を領地にしてよい)
この朱印状を受け取ったと、当時元親の家臣であった高島正重の『元親記』(寛永8年/1631年成立)に記されている。
元親の正室と、元親の嫡男の正室は、明智光秀(要潤)の家老・斎藤利三(内藤剛志/今後登場予定)の親族である。
また、元親の母は明智光秀と同じ、土岐氏の出身とされる。
明智光秀を窓口に元親は織田信長に接近し、土佐を含む四国全域を治める許可を取り付けた。
この宴の席には、元親以外にも明智光秀と繋がる人物がいる。
光秀の娘婿であり、信長の甥でもある織田信澄(緒形敦)。
信長の弟、信勝(中沢元紀)の遺児だ。
信勝の死の経緯は、第6話(記事はこちら)で語られた通り。
宴席場面の秀吉の言葉では、信澄は父の仇である信長を恨むことなく、織田一門衆としての勤めに打ち込んでいるらしい。
甥・信澄の酌を受け、舞を披露した長宗我部元親の趣向に上機嫌な様子の信長は
「相撲はお好きか。今から我が家臣たちにやらせる。見てゆかれよ」
と、客人を相撲観戦に誘った。盛り上がる宴席。
そう、信長は上機嫌に見えたのだ。
少なくとも──ここまでは。
恐怖!一発追放デスゲーム
急遽開催される織田家臣団相撲大会。
行司は第5話(記事はこちら)の御前試合、尾張コロシアムと同じ武田佐吉(村上新悟)。お久しぶりです。
我も我もと名乗りを上げる者たちを受け流し、信長が指名したのは──。
「林。そなたが出よ」
「わ、私でございますか?」
林秀貞(諏訪太朗)が驚き、一同が冗談かと笑ったのは無理もない。
当年、68歳。重臣の中で長老である。
対戦相手として信長が呼び出したのは自らの近習、森乱(市川團子)!
待ってました!
「森蘭丸」の名で有名だが、これは主に江戸時代中期以降の軍記物語や講談、芝居によって定着したものだ。『信長公記』(太田牛一著・慶長15年/1610年成立)では「森乱」と表記されている。
当年、16歳。
信長に林の相手をせよと命じられた森乱、きりりと御前に控えると
「手を抜いてもようございますか。ひとつ間違えば、取り返しのつかぬことに」
涼やかな見た目に似合わぬ、鼻っ柱強い台詞が飛び出す。
信長はますます上機嫌、腹を立てた林秀貞は裃を脱ぎ捨て受けて立つ。
皆の囃す声の中、がっぷり組んだ新旧家臣ふたり。
鼻っ柱だけでなく足腰も強い森乱に、あっさり林は投げ飛ばされる。
勝負がついて笑顔で称え合う森乱と林秀貞に、信長の声がかかった。
「森乱。褒美を取らす。林。うぬは追放じゃ」
「一族ともども今すぐ儂の前から消え失せよ」
……えっ? 水を打ったように静まり返る一同。
戯言ではなく、林は取り押さえられ連行された。
和やかな宴が一転、恐怖の相撲大会になってしまった。
光が消えた真っ黒な瞳で、信長は獲物でも選ぶように森乱の相手を指名してゆく。
次は佐久間信盛(菅原大吉)・53歳、怯えきったまま瞬殺。
次はなんと、小一郎の舅・安藤守就(田中哲司)・78歳が標的となる。
義父上を見捨てるわけにはいかぬ小一郎は決然として代わろうとするが、安藤守就にも意地がある。裏返った声で対戦の名乗りを上げた。
「かつてはぁ! 美濃の熊殺しと呼ばれた男よ!」
めきょっ。
鈍い音を響かせ、森乱に敗れ去ったのであった。
老臣を襲った、負けたら一発追放デスゲーム。
信長が客人である長宗我部元親に、これを見ていけと促した理由はわかる。
織田信長という絶対者に逆らえばこうなる。恐怖を植え付けるためだろう。
だが、信長の真意はそれだけではなかった。
「戦っても戦っても終わりませぬ」
秀吉がひそかに重臣らに何か知らないかと確かめたところ、明智光秀が裏事情を明かした。
佐久間信盛が反信長である本願寺勢力に、林秀貞と安藤守就は武田方に内通している疑いがあるという。
身に覚えがないという安藤守就を信じ、小一郎は真相究明に乗り出す。
一時は安藤の領地を与えられた稲葉良通(嶋尾康史)の讒言かと思われたが、そうではなかった。
実際に武田方と内通していたのは、守就の嫡男・安藤定治(森優作)だったのだ。
父に問い詰められて、決壊したようにそれまで抑えていた心情を吐露する定治。
「疲れたのです。織田についてからというもの、戦に明け暮れる日々じゃ」
「戦っても戦っても終わりませぬ」
「こんな地獄の先に、真に素晴らしき世があるのでございますか!?」
定治の訴えに、身につまされる小一郎。
安藤守就と初めて会ったあの夜(第8話/記事はこちら)に、小一郎は
「『信長様なら、新たな面白き世を必ずお作りになる』と兄・秀吉なら言う」と美濃斎藤方からの離反を促したのだった。
主君の斎藤龍興(濱田龍臣)の器量に疑念を抱いていた守就は「そのような主君の下で、まことの侍として生きてみたい」と織田方に寝返った(第9話/記事はこちら)。
守就は当時、嫡男・定治を説き伏せたのだろう。
そうさせたのは小一郎であるし「戦っても戦っても終わらぬ」日々は、小一郎自身が骨身に染みているのではないか。
「織田信長には、そんな世を作ることなどできぬ!」
定治の悲鳴のような叫びが響く。
どうかここに残ってほしいと家族から請われた安藤守就、早朝にこっそり家を出る。しかし、それに気づいて外で待っている小一郎&慶(吉岡里帆)夫婦。
出てはいっても、縁まで切ることはないという小一郎が間を取り持つ。
羽柴小一郎長秀の正室は誰の娘かはっきりわかっておらず、慶が安藤守就の娘というのはドラマ上の設定である。
今回、追放される守就の「儂とは縁もゆかりもない、赤の他人じゃ」と
いう台詞で、史実とフィクションの隙間を埋めた形だ。
娘夫婦と再会を約束して別れた安藤守就だが、本能寺の変が彼と嫡男・定治の運命を大きく変えてしまうのだ。
信長流の温情でした
信長の心情は、妹・お市(宮﨑あおい)が見抜いてくれていた。
今回追放になった者達は運が良かったとして、
「確たる証があってからでは死罪は免れませぬ。今なら追放で済みまする」
デスゲーム敗北の罰としての追放は、信長の温情なのだ。
お市に言い当てられても、信長は血も涙もない天下人「織田信長」を演じ続けようとするのだった。
お市は馬揃えを開催してはどうかと提案する。
馬揃えとは、騎馬武者が隊列を組み、馬の訓練の成果と軍備を見せる、軍事パレードだ。
戦と虐殺で覇道をゆくだけではない、天下人だからこそ実現できる大規模な馬揃えで、諸国の人々に織田の世だと知らしめる狙いだ。
天正9年(1581年)2月。
京の都、天皇の住まう内裏の東側に南北約900mの馬場を設けて行われた。
正親町天皇(おおぎまちてんのう)が観覧する御座所(おましどころ)の前を、織田家臣団と、参加を要請されて集った畿内の武将、馬術の心得がある公家まで加わっての騎馬列が進んだ。
空に翻る旗指物。武将たちは自分と馬の装いに趣向を凝らし、たいそう煌びやかだったという。
行列の大トリは、信長自身がつとめた。『信長公記』によると、
「大黒」という名馬にまたがった信長、他に各地の大名・小名から献上された名馬5頭を引き連れた。もちろん、その馬を飾る馬具も豪華なものだ。
信長の周りを固める御小姓衆・御小人衆は、全員真っ赤な小袖に白の肩衣。黒い皮の袴を着けた。
信長自身は唐冠を被り、そこに梅の花を挿した。金紗の唐織物、紅梅文様に白の段替わりの小袖、その上に貴重な輸入品である蜀江錦の小袖を重ねた。
肩衣は紅色の緞子(どんす)で、揃いの袴。腰には天皇から拝領した牡丹の造花を挿した。
腰蓑は白熊(はぐま/ヤクの毛)、太刀脇差は金銀飾り、真紅の履物……。
ド派手な信長の姿に、ひときわ大きな歓声が上がったことだろう。
歴史に残る華麗な大パレードは、織田信長による、都の平安と秩序の回復を印象づけた。
こんな上司では、もう…
小一郎も、その見物客の一人である。
西国に戦で出ている秀吉の代わりに馬揃えを見に来て、同じく見物に来ていた長宗我部元親に偶然出会う。
元親のいでたちは、女物の小袖姿。
小一郎「なぜ、そのような御召し物を」
元親「好きじゃき」「幼き頃から、おなごのようじゃと言われよってのう。姫若子(ひめわこ)などと呼ばれたもんよ」
長宗我部元親は、幼少の頃は色白でおとなしく内向的であったために「姫若子」と揶揄され、戦国大名の嫡子としての資質を危ぶまれたという逸話がある。
初陣で周囲が驚くほどの武功をあげ「鬼若子(おにわこ)」の異名がついたとされる。
女性の着物を身に着けるのが好きというのは、ドラマ独自の設定である。
女装は落ち着くから、できるならずっとこのままでいたかったと笑う元親に
「戦が、お嫌いなのですか?」と問う小一郎。
元親は愚問だとでもいうように笑う。
「戦は、好きか嫌いかでやるもんじゃあない」
天正9年で長宗我部元親は43歳。
22歳で家督を継いで以来、ずっと戦ってきたのだ。
父は土佐国の大名、生まれたのは城の中。守るべき一族と領地の民がいて、土佐の国内からも外からも攻め寄せる敵がいる。好き嫌いで戦はしていない。
それは元親だけでなく、この時代の多くの武将がそうだろう。
自分で選んで武将になった小一郎には、なかなか理解できない感覚である。
四国平定の暁には遊びに参れと立ち上がる元親、笑顔で受ける小一郎。
小一郎が四国に足を踏み入れるのは、もっと先のこと。思わぬ形で、となる。
長宗我部元親も小一郎も知らないところで、織田家の対四国政策は大きく転換する。
長宗我部との交渉窓口となっている明智光秀に、信長が告げたのだ。
「長宗我部の四国切り取り、認めるわけにはゆかぬ。気が変わったのじゃ」
「うまく(長曾我部を)説き伏せよ」
そう命じられて絶句する明智光秀。
この頃の四国と織田、長宗我部の動きを見ると、信長の気が変わっただけではないのだが、今のところ理由は明かされない。
光秀にとっては、何年もかけて取り組んできたプロジェクトを上司の一言で台無しにされた状態である。
今更、どう長宗我部に説明するのか。とても同盟関係を維持できるものではない。
独り拳を握り締めて怒りを堪える光秀に、信澄が小さな手紙を渡す。
光秀が手紙を開いて見ると
「可討取信長候也」
(信長を討ち取るべし)
見覚えのあるその花押の主は……足利義昭(尾上右近)!
驚きに光秀の息が激しくなる。人生を賭けたかつての主君からの密命だった。
あまりにもタイミングが良い、義昭はずっと暗躍し機を見ていたのか。
信澄は父の仇を討つために義昭に加担しているのか、それとも無関係なのか。
本能寺の変まで、あと一年──。
次回予告。
信長に放たれる刺客、森乱は上様をお守りする!
於次秀勝(柊木陽太)が出てきた。久しぶりに炸裂する信長キック。羽柴家一同で信長を全力おもてなし、過去作のオマージュだな? という場面が予告に。
本能寺の変のいっこ前、信長最後の和み回か。
26話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『地図と読む・現代語訳 信長公記』KADOKAWA,2019年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025