『NHK日曜美術館50年展』展覧会公式カタログ──さまざまな視点から語られる、美の50年
文・カニササレアヤコ
タダだから20 分だけ見ていくか、とフラッと立ち寄った『NHK日曜美術館50年展』。会場となった東京藝術大学大学美術館は、藝大生なら無料で入ることができる。その日は3月31日で、当時藝大を卒業したばかりだった私は、返還した学生証の代わりに卒業証書を受付で見せ、ギリギリ3月いっぱいまで学費の元を取ってやろうというぐらいの気持ちで入場したのだった。
入ってすぐ、息を呑んだ。隙間時間に見に来る選択をした自分を恨んだほどだ。並んでいたのはピカソにロダン、ダリ、ジャコメッティ、岡本太郎から縄文土器、さらには正倉院宝物も。先史の時代から存命の作家まで、絵画も彫刻も工芸作品も、あらゆる有名作品が所狭しと陳列されている。こんなに濃度の高い展示はなかなかない。NHKが誇る老舗美術番組の50年間をぎゅっと凝縮したような空間であった。
特に面白いのは、テレビ番組という特性上、番組に出演した著名人たちのコメントも聞けること。美術関係者だけでなく、作家の遠藤周作、劇作家の寺山修司、ダンサーの田中泯など様々な表現活動をする人が、影響を受けた美術作品について語っている。
作曲家の武満徹は1980年、「私とルドン」という番組企画の中でフランスの画家ルドンについてこう語った。
「あるピアノ曲を書きたいと思ってた時に、ふっとルドンの『閉じた眼』という絵を見てですね、自分が考えてたもやもやしたものにある輪郭が与えられた。それで『閉じた眼』という題で曲を書こうと」
精緻で研ぎ澄まされた現代音楽を数多く残した武満がルドンからインスピレーションを得ていたというのは頷ける話だ。以前からルドンが気になって仕方がなかった私は、武満が彼を好んだと知れただけでなんとなくうれしかった。
ルドンといえば、彼自身が「私の黒(ノワール)」と呼んだ、木炭や版画による陰鬱で幻想的な黒が特徴。目玉や怪物など、奇怪でグロテスクともいえる作品が彼の寂しい人生を映しているようだ。しかし私が特に好きなのは、後年発表された油彩の花の絵。生後2日で里子に出され、従軍の末結婚するも第一子を幼くして亡くし、失意に暮れていたルドンだったが、次男のアリが生まれた頃から作風が大きく変化する。人生に光を見つけたように、作品に色が現れ始めたのだ。とりどりの花が鮮やかに描かれたこの絵について、俳優の唐十郎はこう話す。
「花の中心にはまだ(ルドンの)黒がちゃんと定着している。どっかにいったわけではない。鮮やかな色を黒はちゃんと包み込んでいる。その中に出てくる鮮やかな色、花の色というのはナチュラルな花をポンっとそこに持ってきたのではなく、彼の中から染み出した色という気がする。彼の心理がね」
展覧会は令和8年、9月27日まで静岡県立美術館、10〜12月に大阪中之島美術館を巡回する。図録だけ読んでも、読み物としてもとても面白い。50年の集大成が、美の粋を味わい尽くす旅へあなたを連れて行ってくれるだろう。
『クロワッサン』1174号より
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