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『水面の弔花』アン・クリーヴス 著 玉木 亨 訳──閉ざされた心に分け入る英国謎解きミステリ

書評家。近著に『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』。ポッドキャスト、YouTubeも好評。若林 踏さんが紹介する一冊。

文・若林 踏

『水面の弔花』 アン・クリーヴス 著 玉木 亨 訳 東京創元社 1,430円
『水面の弔花』 アン・クリーヴス 著 玉木 亨 訳 東京創元社 1,430円

現代英国ミステリを代表する女性刑事キャラクター、満を持しての登場だ。『水面の弔花』は英国の作家アン・クリーヴスの〈ヴェラ・スタンホープ警部〉シリーズの第三作に当たる。ヴェラ警部の物語はテレビドラマ化され、日本でも「ヴェラ~信念の女警部~」の題名でCS番組にて放映され人気を博しているが、実はシリーズの原作小説が紹介されるのは本書が初めてとなる。

物語の舞台はイングランド北東部ノーサンバーランド州で、ある夏の夜にルーク・アームストロングという少年が自宅の浴槽で絞殺体となって発見される。浴槽には野の花々が浮かべられていた。ルークは学習障害の問題を抱えていた上に、水難事故で友達を亡くしたショックで最近まで鬱状態にあったという。捜査を担当することになったヴェラ警部はルークの家族や関係者に聞き込みを行うが、ルークの事件から2日後に新たな他殺死体が発見されたという知らせを受ける。

小さな共同体で起こった連続殺人の真相を警察官が探偵役となって追うという、英国の滋味深い犯人当てミステリの系譜に連なる作品だ。アン・クリーヴス作品の特徴は三人称多視点を利用し、複雑な人間模様の構図を作り上げる点にある。作者は複数の事件関係者を視点人物に立て、それらを巧みに切り替えながら物語を紡いでいく。その過程で登場人物が抱えていた嘘や秘密が次第に炙り出されながら、錯綜した人物相関図が出来上がっていく。人間関係のパズルを解き明かすことこそがアン・クリーヴス作品の肝なのである。既に邦訳がある〈ジミー・ペレス警部〉シリーズや〈マシュー・ヴェン警部〉シリーズにおいてその特徴は貫かれていたが、〈ヴェラ・スタンホープ警部〉シリーズでもそれは全く変わらないことが本作で証明された。

主人公のヴェラ警部は仕事熱心で粘り強く捜査に打ち込む反面、他人から見るとやや強引な性格の持ち主のように受け取れる人物として描かれている。被害者の母親を始めとする事件関係者の視点から綴られるヴェラ警部は恰幅の良い姿で率直な意見をぶつけてくる、圧の強い警察官に見えるだろう。だがヴェラ自身の視点にそって描かれる彼女の私生活の描写を読めば、彼女が孤独を抱えながら生きている人間に見えてくるはずだ。三人称多視点によって登場人物たちの多面的な姿を掘り下げていく点も、作品を滋味豊かな物語に仕立てている大事な要素の一つになっている。

本書は謎解きミステリでは良く描かれる、装飾された死体の謎を巡る物語でもある。なぜ犯人はわざわざルークの死体に弔花のような飾りを行ったのか。この装飾の謎を含め、犯人に対する「何故?」という問いが明かされていく解決編は読者にとって忘れ難い印象を残すはずだ。他人から見れば理解できないが、当人にとっては切実な思いを抱きながら人間誰しも生きているのではないか。犯人の内面に分け入ろうとするヴェラの推理を読みながら、そんなことを思い浮かべた。

  • 若林 踏 さん (わかばやし・ふみ)

    書評家

    近著に『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』。ポッドキャスト、YouTubeも好評。

『クロワッサン』1171号より

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