『六人部屋の十三年間』著者 頭木弘樹さんインタビュー ──「入院した六人部屋で文学に出合った」
撮影・八雲いつか 文・堀越和幸
文学紹介者の頭木弘樹さんは20歳の時に潰瘍性大腸炎を患い、13年間の闘病生活を強いられた。これはその時に過ごした6人部屋での思いを綴ったエッセイである。
「闘病記はよくありますが、これはそういう類の本ではありません。よく刑務所の本というのもありますが、なぜか病院の本というものはない。人が、自分の知らない刑務所の生活に興味を持つように、未知の病院での生活というものにも興味を持ってもらえるのではないか、そんな思いで書きました」
と、今でこそ声は明るい調子で語る頭木さんだが、病院生活の13年間は、自分の人生において“空白”であると位置づけていた。
「当時は絶望している自分が嫌でしたから、日記もつけなかったし、写真一枚すら残っていません」
けれども、自身が沖縄の宮古島に移住していた時に尋ねてきた知人の一言が、妙に印象に残った。
「ここは何もないねえ、と言うんですよ。こんなに美しい海も空もあるのに。僕の人生も何もないと思っていたけれど、そうか光の当て方を変えれば、実は興味深い体験をしているのかもしれない、と」
そう考えて振り返ってみると、封印していた蓋が開いたように、さまざまな思い出が蘇った。
病室の6人みんなが、ドストエフスキーにハマる
6人部屋での患者同士の人間関係、世話をしてくれる看護師さんのこと、病室にやってくるお見舞いの人たち、個性的な医師……。
「最初に診てもらった医師は強烈でした。腕はよかったのですが性格に問題ありで、私はチャラチャラしている大学生が大嫌いなんだ、と吐き捨てるように僕に言うんですよ。自分はそういうタイプではなかったし、その一方で医師の年齢はまだ若くて顔もなかなか。高そうな赤い車に乗っているんです」
頭木さんは“文学紹介者”を名乗っているが、その肩書きは六人部屋から始まったのだという。
「ある日、ベッドで本を読んでいると、50代の患者さんが、“病気の時は本なんか読めないだろう?”って声をかけてきた。で、“むしろ面白いんですよ”と答えたら、“なら貸してみてよ”となって」
本はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だった。
「実は僕は入院するまでまともに文学なんて読んだことがなくて、『カラマーゾフの兄弟』も序章で挫折したままだった。それが入院中は夢中になって読めた。そうしたら、そのおじさんもハマった」
そのことに病室のほかの4人も驚き、みんながドストエフスキーを読み出した。若き頭木さんはこうして紹介する人になったのだ。
ちなみにこの病室の話は前述の医師の耳にも入り、わざわざ頭木さんに謝りにきたのだという。君がドストエフスキーを読むような大学生とは知らなかった、と。
「入院中は文学が支えでした。追い詰められた人間に、これほど大事なものはない。そして入院経験がなかったら、僕は今でも本なんか読んでいないと思うんですよ」
『クロワッサン』1171号より
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