考察『豊臣兄弟!』30話 秀吉(池松壮亮)が仕掛ける、天下人への決死の秘策。その時、お市(宮﨑あおい)は…
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
後継に相応しい人…いる?
天正10年(1582年)6月27日。
清須会議は織田家だけではなく、羽柴兄弟の行末も決定づけた。
重要人物それぞれの年齢を見てみよう。
織田信長(小栗旬)の嫡孫、三法師(清水伊織)は3歳。
信長の次男、信雄(のぶかつ/山脇辰哉)は25歳。
三男の信孝(結木滉星)も25歳。
ふたりは同じ年のほぼ同じ頃に生まれた異母兄弟である。
信孝のほうが先に生まれたが、母の身分が低かったために三男の扱いとなったとされている。
清須会議に集った織田家重臣は
羽柴藤吉郎秀吉(池松壮亮)46歳。
弟の羽柴小一郎長秀(仲野太賀)は43歳。
柴田勝家(山口馬木也)は57歳。
丹羽長秀(池田鉄洋)が48歳。
池田恒興(つねおき/堀井新太)47歳。
(※人物の年齢には諸説あり)
小一郎が織田家に仕えてから22年の歳月が流れている。
織田信長という巨大な存在を失ったのは織田兄弟も家臣団も同じだ。
しかし、これまで幾度も死線をかいくぐってきた家臣団と織田兄弟の間には、年齢差だけではない大きな隔たりがある。
30話は、それがまざまざとわかる作劇だ。
冒頭でおやっと思った。
織田信長の生前に家督を継いだ信忠(古関裕太)の遺児ゆえに、三法師が後継というのが前提とされている点だ。
清須会議は、これまでの多くの大河ドラマで描かれてきた。
2023年の『どうする家康』までは家督を継ぐのは信雄か信孝かで織田家中が対立し、そこに秀吉が三法師を担ぎ出して皆を驚かせるという流れが定番だったのだ。
江戸時代の『川角太閤記』(寛永2年/1625年成立か)には岐阜城で会議が行われ、秀吉が三法師後継を提案したとある。
その後いくつも出版された太閤記、講談などの流れを受け継ぎ、大河ドラマが制作された。
会議前から三法師が後継であり、名代は誰なのかと話し合うパターンは初である。
近年の研究のひとつを踏まえた設定と言えるだろう。
とはいえ、信雄か信孝か。
会議が始まる前、どちらにつくかを選ぶ腹の探り合いがあったことに変わりはない。
小一郎は兄に尋ねる。
「兄者はどうするんじゃ」
織田兄弟がどちらも天下人の器ではないことは明白だ。秀吉に織田兄弟を推す気はない。
とはいえ、今のままでは自分が三法師の後見人になるのは難しい。
秀吉は考えをめぐらし、小一郎と羽柴家の女たちに役目を与える。
それは、羽柴家全員で勝利を掴みにゆく作戦であり、与一郎(大西利空)を喪った悲しみから復活するための荒療治でもあった。
おいたわしや、お市様
尾張清須城(現・愛知県清須市)に、織田家と家臣団が集う。
お市(宮﨑あおい)を見舞う柴田勝家。
お市は兄・信長の訃報を受け取って以来、食事が喉を通らないほど悲嘆に暮れていた。
襖の此方側に入ってよいと言うお市に、勝家は控えたままだ。
臣下の礼としてだけではない。信長を守ることができず、顔向けできないと詫びる。
お市は謝罪にはこたえず、ただ一言。
ぽつりと
「勝家。……さみしいのう…」
思いが込もった声に勝家は堪えきれず、泣き伏した。
お市の御前から下がった勝家は、秀吉とばったり会う。
明智討伐の報告に来たと明るく話す秀吉を、勝家はなじる。
しかし秀吉は
「お市様の前で泣き言は言いとうはござらぬゆえ」
落ち着いた言葉にハッとする勝家、お市を前にしてすすり泣くしかできなかった至らなさに歯噛みする。自分は仇討ちのみならず、お市の心をも慮れず秀吉に遅れを取るのか、情けないといった表情だ。
勝家の自責の念はわからないでもないが、亡き人を偲び、悲しみを共有して癒される傷はある。
柴田勝家は羽柴秀吉にはなれないし、なる必要はない。
清須城のお市の間の場面は、お市と勝家と秀吉、三人それぞれのお互いへの思いが表現された。
それに、お市と浅井長政(中島歩)の娘、茶々(井上和)の秀吉への敵意も。
久方ぶりの対面で、昔のお市様の面影があると喜ぶ秀吉に
茶々「父、浅井長政の面影もあるであろう」
鋭く訊ねる茶々。
浅井長政とお市、幼かった娘たちが暮らした小谷城が落城したのは天正元年(1573年)、9年前のこと(17話/記事はこちら)。
茶々は母お市とは違い、攻め手であった秀吉に恨みを抱いている。
それを察したものの動じない秀吉であったが、襖が開かれて目にしたお市の姿には絶句する。
憔悴しきったお市。
兄・信長からの手紙の数々、過去の柵の内に自らを閉じ込めている。
「あの頃に戻りたい。先のことなどどうでもよい」
「今の私にできることなど、なにもない」
この先に何があっても、ただ流れに身を任せるだけになってしまうのではないか──。
生きる意志を失ってしまったかのような姿である。
ところで、お市は勝家に「入ってよい」と言い、秀吉には茶々に襖を開けさせた対面だったなと、ふと思う。
どちらも昔からよく知っている、心を許した相手への気安さだったが、無意識に秀吉とは距離を置いているのだろうなと感じた。
久々の詐欺師モード
その頃、小一郎は兄のため情報収集に勤しむ。
丹羽長秀は織田兄弟のどちらを推すつもりか聞き出そうと、肩もみ腰もみ。
おっとり穏やかな丹羽長秀だが「評定は公平であるべきだ」と口が堅い。
小一郎はもう一段階ギアを上げて、思い出話をする。
「まだ足軽であったころ、初めて耳を傾けてくださったのは丹羽殿でございます」
「あの時から、我らはずっと丹羽殿に感謝しておるのです」
はるか昔、第1話(記事はこちら)のことである。
同じ清須城下の泥棒騒動で、次に狙われるのは丹羽長秀の屋敷だと訴え出た兄弟の話を信じてくれた。
そんなこともあったね…。
しみじみとするが、それでも丹羽長秀はほだされない。
小一郎はさらにギアを上げた。
丹羽長秀と、羽柴小一郎長秀。同じ長秀であることを挙げ
「私の中では、この名は丹羽殿からいただいたと思うておりまする。丹羽殿と同じになりたかったのでございます」
久しぶりに詐欺師モード全開、曇りなき澄んだ瞳でツルツルとお追従を言う。
そこまでやるとかえって嘘くさいぞ小一郎!
案の定、丹羽長秀は騙されなかった。
ただし、兄弟が木下から羽柴と名を改めたとき(18話/記事はこちら)に、ドラマ内では言及されなかったが丹羽長秀と柴田勝家から一字ずつ取って「羽柴」とつけたとされる。
だから、今回の小一郎の言葉にまるきり根拠がないわけではない。
小一郎の誠実っぽい口調が嘘くさいのは変わりないけれど。
言葉と顔と態度に全部出す池田恒興から情報を得た小一郎は、信雄にゆさぶりをかける。
そこで改めて天下人の器ではないと判断し、秀吉と策を練る。
羽柴兄弟の狙いは定まった。
秀吉は決めた。信雄と信孝は抜き。
今夜、重臣だけで結論を出す。
「今宵が真の、清須の評定じゃ」
秀吉が勝家に持ちかける“秘策”
その夜。
秀吉の声かけで重臣4人がひそかに集った場面で、改めて重臣それぞれの個性が強調される。
どこまでも頑なな柴田勝家。うまく場をまとめて現実的な方針を探る丹羽長秀。
頭と口が直列回路で即全部言っちゃう池田恒興。
視聴者にさえ、真意が読めない羽柴秀吉。
ここで、秀吉により重臣全員の織田家との繋がりがつまびらかにされる。
秀吉は、信長の五男・於次丸(羽柴秀勝/柊木陽太)を養子にしている。
丹羽長秀は、信長の養女を正室に迎えている。
池田恒興の母は信長の乳母であり、乳兄弟の関係である。
この4人の内で柴田勝家だけが、織田家とは主従以外の関係がない。
秀吉はある提案をする。
「柴田殿。お市様を娶られよ」
驚く勝家。
4人の重臣のパワーバランスを取った上で、全員で三法師の後見となろうという提案である。お市へは「織田家のため」と説得し、根回しは済んでいる。
柴田勝家には、天正10年の時点では正室と呼べる存在が確認されていない。
息子が複数いるので、妻はいたと思われる。
武家の正室は政治的な繋がり、身分が重視される。
例えば、本作で秀吉と寧々(浜辺美波)は恋愛結婚として描かれるが、信長の直属の弓衆であった寧々の父・浅野長勝(宮川一朗太)との繋がりが、秀吉の織田家での足場を固めた。
天正10年10月に柴田勝家が織田家の武将、堀秀政に宛てた手紙に「羽柴筑前守と話し合った内容は、以前伝えた通りである。なお、縁辺の儀(結婚を指すと思われる)も計画通りに行うと付け加えておく」とある。
勝家とお市の婚姻があくまでも政治的協議の結果であることを示す史料とされる。
ドラマでは驚きの後に怒りが爆発する勝家、冷静に受け止める秀吉。
そこへ、駆け込んできた小一郎が急報をもたらした。
信雄が三法師を連れ去った!
そこから小一郎と重臣4人連れ立っての三法師探索が始まるのだが、
あの、ちょっと言っていいですか。
なんで手分けして探さないの。せめて二人一組、三人一組で場所を分担するとか……。
ネズミにきゃあきゃあ言うおじさん達が可愛いから、まあいいか。
三法師を無事救出しホッと安堵したところで、丹羽長秀が切り出す。
「こうして我らで力を合わせたはいつ以来かのう」
「この清須城から上様と共に、戦に出向いた時のことを思い出して久々に胸が躍ったわ」
「儂は、秀吉の案に乗る。また一から皆で戦いたくなった」
慎重だった長秀が折れたことで、池田恒興も合議制に同意した。
勝家もしぶしぶ頷くが、お市との結婚は飲まぬという。
長秀「ほんとうにいいのか? 長き思いを叶える好機ではないか」
勝家「うるさぁい! なにが長き思いじゃ!」
織田家の中で、勝家のお市への思いに気づいていない人間は一人もいないだろう。
気づかれていることに気づかない柴田勝家57歳、つくづく初心な男である。
お市様、覚醒
三法師かどわかし事件から一夜明けて、清須会議が行われた。
織田兄弟は合議制を承諾。
ここまで秀吉の思惑通りに進んだので、かどわかし事件は羽柴兄弟による狂言ではないかと
疑ってしまった。
その疑念を黒田官兵衛(倉悠貴)が囁き、小一郎に狂言ではないと否定される。
信雄の企みを見抜いて利用しただけ。
ただ、目的は4人合議制の合意を取り付けるだけではない。
いよいよ三法師が織田家当主として家臣一同の前に姿を表す。
おひろめの場に秀吉がいないのを不審に思わず、急な腹痛という理由を信じる3人。
以前にも述べたが、織田家中は亡き信長も含めておひとよし揃いだな!
そこに小一郎が号令する。
「上様がおみえでございまする!」
三法師を抱いて登場した秀吉、
「みなの者! 織田家の当主、三法師様にござりまする!」
「これからは、この筆頭家老羽柴秀吉が、ここにいる者たちと共に三法師様を御支えいたしまする」
目を見開く重臣3人。
驚愕と憤怒の視線に構わず、秀吉は三法師と同じ高さに並んで座る。
羽柴家の女たちが誂えた三法師の小袖は、こんな時に着せるものと知っていたのかどうか。秀吉の馬印である瓢箪柄だ。
織田の家紋、織田木瓜ではなく……。
秀吉は三法師の小袖に合わせた色と柄。
居並ぶ家臣たちに、羽柴秀吉が実権を握ったことを視覚的に印象づけた。
三法師「うむ。たよりにしておるぞ、ひでよし」
秀吉「ははーっ! 全ておまかせくださりませ!」
パーフェクト猿芝居に抗うことができず、怒りに震える重臣団。
もはや秀吉は織田家、天下を動かす側に回ったのだ。
会議のあと。事の顛末を耳にしたお市は、勝家を召し出した。
憔悴は消え失せ、内側からふつふつと闘志が沸く、以前のお市に戻っている。
「やらねばならぬことができた。勝家。わたくしを娶れ」
29話(記事はこちら)では、秀吉が信長の思い描いた世を実現できるのは自分だけと決意するまでが描かれた。この30話では、お市が信長の築いた織田の天下を守れるのは己だけだと立ち上がった。
「お前が男であればのう」
兄妹で過ごした最後の夜、兄信長からの言葉はお市の胸に深く刻まれたのだろう。
(27話/記事はこちら)
妹として、女として、私にしかできないやり方で織田を守ってみせる。
お市、36歳。
その眼差しは、戦場に打って出る武士のそれであった。
次週予告。
信孝、三法師の身柄を確保。信長の葬儀ってしっかり描かれるのは珍しくないですか?
前田利家(大東駿介)の怒り。いや、織田家家臣らが羽柴兄弟に怒りを向ける。
お市、羽柴兄弟に宣戦布告か。
31話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『地図と読む・現代語訳 信長公記』KADOKAWA,2019年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年