『人生を救う 名もなき料理』 著者 佐々木俊尚さんインタビュー ──「美食ではない家庭料理に戻っていく時代に」
撮影・北尾 渉 文・中條裕子
掃除、洗濯、料理以外の、特に名前はつけられていない無数の家事。それらと家庭料理は同じなのだ、と佐々木俊尚さんは言う。
「私たちは日頃から、イタリアンや中華など、料理を分ける。けれどそれは思い込みです。たとえば、大根の甘酢漬け。甘酢漬けというから和食だけど、ピクルスといえば洋食になる。違いはハーブが入っているかどうかで、実はそれほど変わらない。うちでは日によってご飯のおかずにすることもあれば、パスタの副菜にしたり、パンと食べることもあります」
ご飯とパンでは合わせるものが違うと思いがちだけど、実はそんなこともないのだ。そうしたことも含め、さまざまな思い込みが家庭料理にはつきもの、という指摘には目からうろこが落ちる。
「昔はよかった、という誤解を解きたいという気持ちもありました。実は1970年代に遡ると、料理のシーンでケミカルなものが先端的でカッコいいという文化があった。地味な家庭料理を作るのはダサい、みたいな風潮。野菜も農薬があるといわれて食器洗剤で洗うのが流行していたり、食材の種類も乏しかったり。昭和の頃の家庭料理を美化している人は多いけど、ハーブやカタカナの野菜などが増えてきたのは1990年代なんです」
今の時代に合わせた料理とは? それを考えて辿り着いた手法
1980年代の学生時代には、佐々木さんも実際に自炊をしていたが、調味料はごく基本のものしかなかった。それがバブルの頃に美食が一般化して、食材も調味料も豊富に店頭に並ぶようになったのだ。
「今では冷蔵庫にある食材を伝えるとAIが献立を考えてくれる、そんな時代。料理はテクノロジーに左右されるものではないと思いがちだけど、意外と影響を受けるもの。自分が置かれた環境や時代に合わせ、料理を作っていくことが大事ではないかと思います。2010年代はブラック労働が蔓延して長時間働いていたから時短料理が流行り、一方で丁寧な暮らしがしたいという人が現れた。令和の今は、労働環境もホワイト化して家に帰るのが早くなり、時短にこだわらなくてもよくなった。そんな時代に合わせた料理は何かと考えていくと、伝統的な家庭料理に回帰した〈名もなき料理〉なのではという気がしたんです」
それは、四半世紀にわたり、夫婦二人の食事を毎日のように作ってきた自身の体験があったから、辿り着いた実感なのだろう。
「もう一つ言いたかったのは、うま味調味料に頼りすぎないということ。確かにおいしいけれど、食べすぎると飽きるんです。家庭料理は何より飽きないことが大事」
その経験から、後半では佐々木さんが実践している4つの料理メソッドが具体的に記されている。それはレシピも料理名もない、けれど食べ続けて飽きることのない料理を作る技の解析だ。毎日でも食べたくなる日常のおいしさの秘訣が、ここに余すことなく記されているのはありがたい限り。
『クロワッサン』1166号より
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