くらし

戸建てから駅近のマンションへ。上野千鶴子さんのおひとりさまライフ。

  • 撮影・天日恵美子 文・中沢明子

楽しさと安心を備えた暮らしを意識的に整える。

上野さんの現在の住まいは、それまであまり縁がなかったJR中央線沿線。

「引っ越した当初は新鮮で、いかにも新しい生活が始まった!という感じがしました。以前の夢はかつて短期間暮らして気に入った『オトナの街、神楽坂に住みたい』だったんですが、神楽坂はなかなか手頃な物件がなく。
でも、思いがけず住むことになった中央線沿線文化も面白くて、今はとても気に入っています。買い物に困らない便利さがある一方で、井の頭公園もそう遠くない場所にあり、散歩するのも楽しい街です」

友人のデザイナーにプレゼントされた「上野千鶴子うちわ」を手にして。「本当は窓辺に本を置きたくないけれど、どんどん増えるから、仕方ないわね(笑)」

[ 東京の家 ]高齢者にこそ利便性が安心材料です。

戸建て住まいの時、悩みの種が主に4つあったという上野さん。マンションに引っ越してから、その悩みはすべて解消されたそうだ。

「まずワンフロアになったのがよかった。階段は高齢になると億劫です。次にゴミ捨て。私は不在も多いから、収集日に出せないと困ったし、宅配便も受け取れなかった。今は各階にゴミ捨て場があり、宅配便を不在でも受け取れるマンションなので本当に楽。それから、戸建ては冬、寒いのよね。気密性の高いマンションは、やはり暖かい」

リビングルームと上野さんの書斎の区切りに大きなプロジェクターをかけている。映画を観たり、さまざまな資料を映し出したりと大活躍。使わない時は巻いておく。プロジェクター下のソファは、来客のベッド代わりに。

多忙のため、上野さんは自宅で料理をあまりしないが、総菜などを近所ですぐ調達できるのも便利な点だ。
「料理をしなくても食べ物が家の近くで手に入ると気が楽です」

また、「お願い、ちょっと家を見てきてくれる?」と言える相手を確保した。

トイレのドアには小さな少女たちが用を足そうとしている古い写真のカードをペタリ。「ひと目でトイレとわかるでしょう?」。

「私には鍵を渡している人が2人います。この年齢になると家を出てから『あ、電源オフにしたっけ?』と心配になることがある。そういう時にお願いできる相手がいると安心できます」

さらに、健康面での対策として訪問ドクターや介護事業者とのつながりは積極的に探して作った。

各階にあるゴミステーション。

「私は介護研究もしている関係で、近所でよいネットワークを築けました。それでほかの住民の方にも安心していただこうと、管理組合主催でマンション住民対象の勉強会もしましたし、1カ月自己負担3000円程度の『定額おひとりさまプラン』を事業者に作ってもらいました。
ふだんから様子を見てもらえて、何かあったらすぐに助けを呼べる環境を整えておくといいですね。体に自由が利かなくなっても、築いた介護ネットワークを駆使すれば、何かあればすぐに対応してもらえますし、そのまま最期の時まで自宅で暮らせます。
それから私の場合は駅近の利便性が重要ですが、地方のご自宅で暮らし続ける方も、介護を核としたネットワークを作ってほしい。地域に頼れる人間関係があれば、遠くにいる家族に頼らなくて済みますから」

アートを飾り、AIスピーカーも駆使して暮らしを楽しく。

部屋のあちらこちらにアート作品が飾られている。どれも上野さんらしいウイットに富んだものばかりだ。話題のAIスピーカーも使いこなす。

歌手のマドンナと赤ちゃんが描かれた山口はるみさんのドローイングや、プレゼントでもらったドライフラワー、NHKの「チコちゃん」のステッカーなど、好みのアートをジャンル問わず飾っている。

「AIスピーカーはとても便利。手が離せなくても話しかければ、天気も教えてくれるし、音楽もかけてくれる。こんな返答だってするのよ。アレクサ、この世でいちばんきれいな人はだーれ?(スピーカー:今、私に話しかけてくれた人です)。ね、面白いでしょ(笑)」

友人のアーティスト・高畑早苗さん制作の独創的なオブジェ。

ガスコンロをIHに交換し、火の元には充分注意をしている。

「これ、誰をモデルにした猫かわかりますか?」。デヴィッド・ボウイの有名な写真を猫で再現したユニークなアートもお気に入りのひとつ。

「高層階で特に火事を起こしたら大変ですから。今、欲しいのはお掃除ロボット。勝手に床を掃除してくれたらどんなに楽かと思うんだけど、床にも本が置いてあるから、当分無理そうね」

集まった人が輪になれる家具。

晴れの日は太陽が燦々と降り注ぐリビング。そんな窓辺に鎮座する、つながった2脚が別の方向を向いている個性的な椅子。「カップルが仲たがいする椅子、と言われています(笑)」

前ページの写真の丸テーブルと椅子は彫刻家具作家・田原良作さんの作品。

「皆で輪になれる丸テーブルも座り心地が最高のスツールもお気に入り。安くはないので迷っていましたが、引っ越しを機に思い切って手に入れました。窓辺の椅子は別の作家の作品ですが、田原さんの家具と一緒に置いても違和感がなく、これも気に入っています」

[ 八ヶ岳の家 ]読書と執筆とスキー、八ヶ岳でリラックス。

約60平米とコンパクトながら、蔵書の大半を置いている八ヶ岳の山荘。

「読むと書くのが私の仕事で、趣味でもありますから、四方を本に囲まれたこの家にいるとリラックスできます。執筆はほとんどここでします。スキーができる冬は特に最高で、朝起き抜けにスキー場へ行って、1時間さっと滑り、帰ったらブランチを食べる。デスクの前の窓から見える景色は美しく、時々、鹿が横切ります(笑)。私と同じような都会からの移住者同士のコミュニティもあり、コロナ禍以前は、夕食を共にすることもよくありました」

大の車好きとしても知られ、愛車を駆って月に1、2回、山荘に通う上野さんだが、遠くない将来に運転免許を返納する日も見据えている。

「車の運転ができなくなったら山荘暮らしはアウトですから、最期はマンション。だから、楽しめるうちにできるだけ楽しみたい。あと何シーズン滑れるか……」

Zoomでの打ち合わせや取材も慣れたもの。オンラインでのパーソナルトレーニングでストレッチすることも。大好きな中国茶をお気に入りの「イッタラ」のマグカップで飲みながら机に向かうのが、上野さんの至福の時間だ。
上野千鶴子

上野千鶴子 さん (うえの・ちづこ)

社会学者

1948年、富山県生まれ。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー、介護研究の第一人者。『おひとりさまの老後』(文春文庫)が大ヒット。

『クロワッサン』1046号より

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