くらし

戸建てから駅近のマンションへ。上野千鶴子さんのおひとりさまライフ。

安心して〝おひとりさまの老後〟を楽しく生きるために、数えきれないほどの引っ越しを経て辿りついた、上野さんの今の住まいとは?
  • 撮影・天日恵美子 文・中沢明子

住まいをコンパクトに。 ちょうどいい暮らしのサイズに行きつきました。

おひとりさまライフを満喫しつつ、人が集まったら皆で話しやすいようにレイアウトしたという、家の中心のリビング。

上野千鶴子さんが著した『おひとりさまの老後』が出版されたのは今から14年前だ。

シングルでも既婚者でも、統計的に女性は長生きする可能性が高い。つまり、どのような生き方を選んでも老後を「おひとりさま」として生きるなら、どう暮らしていくべきか。

その心構えを軽やかに記した同書は、今も版を重ねている。それだけ、読者にとって、ひとつの道しるべとして読まれているからだろう。

その後も、『おひとりさまの最期』など「おひとりさまシリーズ」は続いているが、最新刊『在宅ひとり死のススメ』では、「慣れ親しんだ自宅で満足な最期を迎える方法」を提示している。

一瞬、ドキリとするタイトルだが、そこはクールでユーモアたっぷりの上野節をさく裂させつつ、老後の不安が少なからず払拭される内容で、現在72歳の上野さん自身も実践しているノウハウももりだくさん。

そこで、今や高齢者の仲間入りをした(!)現在の上野さんが、楽しく安心して暮らす自宅を訪ね、上野流暮らしのダウンサイジングについて、じっくりと話を聞いた。

元気なうちに暮らしをシフト。

「ようこそ、いらっしゃいました」

東京郊外のマンションで、にこやかに迎えてくれた上野さん。素晴らしい眺望のリビングルームは、主宰する認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)の打ち合わせや親しい友人たちが集まるのにぴったりのサイズ感だ。

「この家はWANの事務所も兼ねていますから、人が集まる前提です。だから、私の仕事部屋とWANのオフィス以外の2部屋をワンルームに改築して、キッチンとつながるオープンスペースにしたの。集まった皆が輪になれる丸テーブルや座り心地のよい椅子が、いい感じでしょう? とても気に入っています。あ、私のプライベートスペースは撮影NGよ。とても人様に見せられたものではないですから(笑)」

温かいお茶を淹れてくれながら、家の各所を紹介する様子から、この家が本当にお気に入りというのがわかる。こちらには10年前に引っ越してきた。

「東京大学の教授職を退職したのがきっかけです。それまでは東大近くの戸建てでひとり暮らしでした。大学の門が閉まるギリギリまで研究室で粘る仕事中心ライフ。でも、退職したら、職場の近くに住む必要はない。そして、何よりも戸建て暮らしにこりごりしていたからです。それを痛感したのは、趣味のスキーで足を骨折した時ね。階段の上り下りができなくて。約160平米の家でしたが、それでなくても、だんだん部屋の移動が面倒になり、冬は床暖房の効いたフロアにずっといた(笑)。つまり、160平米を使い切れず、広い戸建てに住んでいる理由がなくなったんです」

高齢者が安心して自宅で暮らすために。

そんな時、友人が駅近マンションに引っ越したと聞き、遊びに行った。

「『住みやすくていいわよ』と駅近マンションの利点をいろいろと説明されました。確かに周辺にコンビニ、スーパー、レストラン、病院、なんでもあるし、駅ナカにはちょっといい総菜が買えるデリなんかも入っていて便利そう。『へえ、いいな』と思ったら、キャンセル住戸があるというじゃない。すぐに見学して、決めました。部屋の広さは半分になったけれど、今の私にちょうどいい家。それにゴミ出しと宅配便受け取りのストレスがなくなったのも大きいですね」

ただし、歳を重ねた上野さんが今、快適に暮らしているのは、単に駅近マンションに住んだことで懸案事項すべてが解決したからではない。健康で元気なうちに、次のフェーズの日常生活にシフトし、安心・快適に住むための条件を整えたからこそ、だ。

「たとえば、高齢者はいつヨタヨタヘロヘロとなって要介護者になるかわかりません。訪問ドクターや介護ステーションといったネットワークをしっかり作って、いざという時に頼れる相手を確保しました。要介護認定はまだ受けていませんが、いつ倒れても、来てもらえます」

それでも残る上野さんならではの今後の懸案事項は、研究室から引き揚げた蔵書の行方。大半は現在、八ヶ岳に持つ山荘の仕事場に置いているが、蔵書も山荘も、いつか手放す日が来る。

「車で往復できなくなる前に算段をつけないといけません。最近、研究者の蔵書を引き受けてくれるところがめっきり減り、研究者共通の悩みです。私のジェンダー関連の蔵書には貴重な本もありますから、本当にどうしたものか……。元気なうちに、なんとか解決策を見つけなければいけませんね」

【東大勤務時代に暮らした家は4軒。】

富山で生まれ、京都大学で学び、海外の大学で教えるなど、国内外でこれまで多くの引っ越しを経験してきた上野さん。1993年に東京大学文学部助教授に就任以降も3回転居した。

WANのオフィススペース。陽の光が入り、明るい一室。

まず住んだのは神楽坂近辺の賃貸マンション。次に約60平米の文京区春日のワンルームマンションを購入した。不動産屋には職場まで徒歩10分圏で探してもらった。次に東大弥生門の門前にあるマンション。これで職場まで徒歩5分圏になった。

リビングの一角にはコピー機や書類棚。丸テーブルと同じ彫刻家具作家・田原良作さん作の椅子も。

その後、散歩途中に偶然見つけたご近所の3階建ての戸建てに引っ越し、退職まで暮らす。愛車を2台駐車しておけるほど、ゆとりのある家だった。

「持ち物の一部はガレージセールで売り払い、大きな家具はそのままで借りてもらいました。もうあの家に住むことはないですから、どこかで手放すと思います」

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