84歳で住まいを建て替えた評論家・樋口恵子さんに聞く、老後の住まい。
住み替えを通して考えた、老後の住まいについて気をつけるべきことは。
撮影・岩本慶三 文・塚原沙耶 イラスト・松元まり子
84歳で住まいを建て替え。 生前整理は片づけすぎない。
樋口さんが自宅の建て替えを決心したのは、老朽化が原因だった。
「建ててから35年が経った頃のことです。嵐のような雨が降った日、屋根も天井も通り越して、家じゅうに雨が降ってきました。屋根が飛んだのかと思うほどでしたが、そうではなく、古くなって浸水していたのです」
その頃にはすでに、床の一部も抜けるようになっていた。
「2階の書庫に本や資料が増え放題で……。床がだんだん軋んできて、ついに抜けてしまいました」
雨漏りの修繕には300万円近くかかったという。それでもなんとか修繕で済ませようと思っていたが、耐震性をチェックしたことで気持ちが変わる。
「東日本大震災を機に、耐震基準が厳しくなりました。新しい基準でチェックしてもらったところ、『今この家が立っているのが不思議なくらい。震度5の地震がきたら倒れるでしょう』と言われてしまった。もし倒れて、周囲のお家を潰してしまったら大変。80代半ば、元気でいられる最後の期間かなと思い、一念発起しました」
樋口さんは70代で2番目の夫を亡くした後、「おひとりさまの老後」を覚悟。「老後の贅沢資金」として、有料老人ホームに入るために貯蓄をしていた。
「食事が美味しく、ちょっと贅沢な有料老人ホームに入るための一時金を持っているということが、心の安らぎになっていました。
でも、建て替えが必要なら仕方ありません。堅実に暮らして貯めてきたお金を使い果たし、この家を建てました。資金があったのはよかったけれど、お金を使ってしまったことが寂しくて、しばらくはうつ状態になってしまいました」
それでも建て替えに向けて荷物を整理しないわけにはいかない。工事中は仮住まいに移り、完成したら建て直した家に戻るため、引っ越し作業を2回行うことになる。
「同じ場所に暮らすメリットが特になければ、全面引っ越しを勧めますね。そのほうがお金もかからない。私の場合、ずっとこの場所に住んでいて、気楽なものですから」
同居の娘に急かされて、本の整理に着手した。ところが、思い出が蘇るばかりでいっこうに捗らない。
「今は使っていなくても、捨てがたいものばかり。片づけには気力も体力もいりますし、ある程度でやめました。洋服も捨てていません。処分費用を遺すから、ものも残す。きちんと片づけて暮らせる人のことは尊敬するけれど、私は『散らかし屋』なもので」
エレベーターを設置したり、手すりをつけたりするなど、新居ではバリアフリーも意識した。
「今のところ足はなんともないので、階段は大丈夫。でも、大動脈瘤の手術をしているから、時々息切れがするんです。苦しいときにはエレベーターを使っています」
快適な住まいに心も落ち着き、毎日忙しく働いている。自宅は仕事場としても大事な場所だ。
「コロナ禍で、家で仕事をする時間が増えました。書斎は2階ですから、移動もいい運動。89歳になっても仕事をいただけるというのは本当にありがたいですね」
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