くらし

気づいたら継続していた私の習慣。角田光代さんが大切にする時間の話。

  • 撮影・青木和義 文・一澤ひらり 撮影協力・輪島功一スポーツジム、やきとり戎西荻北口店

「 ランは私を支える大事なルーティン。 」

川の流れる公園を疾走する。「毎週走っていると四季の移ろいを五感で感じられるんですよね。朝は7時から1時間ほど走り、この時だけは朝食は走ってからです」

川沿いの爽やかな遊歩道から公園に向かう。「今年こそはマラソン大会で走りたいです」

仕事オフの毎週末、土日の朝は角田さんのランニングタイムだ。

「1時間、10kmほど走ります。39歳でランを始めた頃は3kmがやっとでしたが、走っているうちにだんだん距離が延びていったんです。始めたきっかけは友人が主宰するランニングチームの、走った後の飲み会に参加したかったからなんですけどね(笑)」

運動は苦手だったという角田さんだが、43歳で初のフルマラソン完走。これまでに10回以上もフルマラソンを完走し、海外のマラソン大会にも走りに行く熟練ランナーなのだ。

「走るのは好きではないんですけど、継続は力なりですね。普段のランニングコースは川沿いを走って大きな公園に入っていきます。自然が豊かで、季節の巡りを肌で感じられるんですよね。ことに朝はまだ人が少なく、空気が澄んでいて、朝陽を浴びて木立の中を走ると清々しい気持ちになります」

「 ボクシングは頭を真っ白にしてくれます。 」

地方や海外に旅した時もシューズやウェアを持ち歩いて週末に走り続けてきた。が、それよりも長く角田さんが続けているのがボクシングだ。

「もう20年になります。33歳の時に失恋してものすごい痛手を受けました。その時、またいつか失恋するかもしれないから心を強くしよう。それにはまず体を鍛えよう、って考えたんです」

そこで近場のスポーツジムを探したら、ボクシングジムしかなかったというのがきっかけに。

「週に1回、午後の1時間を練習に当てます。汗だくになりますね。男性が多いし、人の目が気になるし、最初は嫌でしたけど、すぐやめないようにボクシンググローブを買ったんです。そのグローブも3代目になりました」

ボクシングはまさに全身運動。走るのと違って動きがせわしなく、頭の中が真っ白になるのが魅力だという。

「いまにして思えば、文字から切り離される時間が私には必要だったんです。心は弱いままなんですけど(笑)、若い頃のように人と自分を比べなくなったのが一番いいことですね」

ランニングとボクシング、続けてこられた秘訣とは?

「どちらも本当はやりたくないんです。でも1回休むと次は筋肉痛になるし、気持ち的にもズルしたような罪悪感に陥ってしまう。長年の習慣にすることで、夜に歯磨きしないと気持ち悪くて寝られないのと同じになっているんですよね」

30年仕事をしてきて思うのは、文筆業は肉体労働。体力がなければ書き続けられないということだ。結果的に体を鍛えてきてよかった、と角田さん。

輪島功一スポーツジムで週1回、角田さんは本格的な練習メニューを消化する。

「 私の時間は、仲間たちと飲むために。 」

居酒屋『やきとり戎西荻北口店』は夫妻でよく訪れる。「早く以前のように友人たちと楽しくお酒が飲みたいです」

「運動のルーティンにすごく助けられてますね。では、『何が楽しみで書いてるの?』って聞かれれば、それは仕事の後に仲間たちとお酒を飲むことです。私の時間はそのためにあるようなもの。一番忙しかった時でさえも始業を朝5時に繰り上げて、終業5時は変えなかった。それは飲むためです(笑)」

最近つくづく感じるのは、時間がどんどん短くなってきていること。

「30代の頃って締め切りが30本近くあっても毎晩飲んでいたし、英語を習ってボクシングもして、なんであんなにできたんだろうって思いますね。もう同じことが同じ時間ではできない。だからこそ、今日一日を昨日と同じように過ごせることのありがたさを思うようになりました」

自分の日々のサイズを推し量りながら、手持ちの時間を工夫してマイペースで毎日を続けることの大切さ。

「日常はとても地味ですけど、私は自分のルーティンを拠り所にしてここまでやってこられたような気がします。それが暮らしを楽しむことと深くつながっているんだと思いますね」

角田光代

角田光代 さん (かくた・みつよ)

小説家

1967年、神奈川県生まれ。5年がかりで完結した『源氏物語』(河出書房新社、全3巻)の現代語訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。

『クロワッサン』1043号より

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