くらし

『日本蒙昧前史』著者、磯﨑憲一郎さんインタビュー。「’70年代、’80年代は、愛憎を抱く時代」

  • 撮影・黒川ひろみ(本・著者)

「’70年代、’80年代は、愛憎を抱く時代」

磯﨑憲一郎(いそざき・けんいちろう)さん●1965年、千葉県生まれ。2007年、『肝心の子供』で文藝賞を受賞しデビュー。2009年、『終の住処』で芥川賞受賞。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

〈幸福の只中にいる人間がけっしてそのことに気づかないのと同様、一国の歴史の中で、その国民がもっとも果報に恵まれていた時代も、知らぬ間に過ぎ去っている〉という意味深長な一文ののち次々に描き出される、1970〜’80年代の日本に起きた様々な騒動。

「僕はいつも、ストーリーや構成は考えず、この文章の次にどういう文章を繋げたら面白いかという推進力だけで書くんです。今回もはじめにあったのは冒頭の一文だけでしたが、自分にとって切実な時代を書かなければと、おぼろげには考えていました。懐かしさともちょっと違う、愛憎……愛情と憎しみが入り混じったような感情を抱いてしまう時代ですね」

’84年の食品会社脅迫事件の被害者から始まり、群馬県出身のホステス、彼女に執心な同郷の政治家、その政治家の番記者で五つ子の父親になったテレビマン、と語り手は流暢にバトンタッチされるものの、その視点は常にどこか辛辣だ。

「いつからこんな変な世の中になったのかなという思いがずっとあって、その境目が’84、’85年のバブル直前あたりだったのでは、と。

でもいざ書きだしたらあとは成り行き任せ(笑)。史実や資料は離陸するための滑走路で、離陸したあとは自然と書き進んでいくんですよ。だって人質に囚われた社長が『とにかく子どもが大事だ』と思っていたかどうかなんて誰にもわからないですよね」

中盤、自身がモデルと思しき少年が、父親に伴われて大阪万博を訪れるくだりがあるが、そこでも話の中心は早々に少年から目玉男(「太陽の塔」の目玉部分に約1週間立てこもった男)へ移っていく。

「あれも途中から、目玉男の話に変わっていくんだろうな、というのがなんとなく見えてきた。それこそ小説が持つ不思議な力。こういう書き方をしていると、書き進む先で小説のほうが面白いエピソードをちゃんと用意して待っていてくれるんです」

小説というのは、正しく読書の体験、時間そのもの。

本作からは、今の時代への怒りのようなものも感じられる。

「そうですね。世の中は悪くなり続けている、早晩この国は滅びるだろう、という表現は繰り返されるし、そういう意識もあります。一方で、〈滅びゆく国に生きてる我々〉という言葉もあって、“我々”に対する愛情はあるんですよね。愛情があるからこそ、その蒙昧な人々を描かずにはいられない」

その強い衝動は、“小説は言いたいことを伝えるための道具や手段として使ってはいけない”という磯﨑さんの考えにも通じる。

「言葉を使って書いているから、テーマや作者の思いが込められていると誤解されがちですが、そうではない。小説というのは、それを読んでいる最中に感じる高揚であったり、疑問であったり、懐かしさであったりという、正しく読書の体験、時間そのものなんです。多くの読者に読んでもらいたいというよりは、この本を読んで面白いと思った人が、繰り返し読んでこの作品を体験してくれるほうが、作者としてはうれしいですね」

グリコ・森永事件、角福戦争、大阪万博、元日本兵の帰還……。鮮やかなリズムであの蒙昧な時代が眼前に蘇る。文藝春秋 2,100円

『クロワッサン』1028号より

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