くらし

意図せずに自分が滲む演奏が理想です。千住真理子さん『ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ全集Vol.2』

  • 文・神舘和典
千住真理子(せんじゅ・まりこ)さん●ヴァイオリニスト。12歳でデビュー。慶應義塾大学を卒業後、1987年にロンドン、’88年にローマでもデビュー。 ’99年にはニューヨークのカーネギーホールでソロリサイタルを成功させた。 https://marikosenju.com/ (C)Photo: Kiyotaka Saito

ヴァイオリニストの千住真理子さんが『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集Vol.2』を発表した。ピアノは横山幸雄さん。第4番から8番を録音したCD2枚組の大作だ。

今作は多くの人が一度は耳にしている第5番の「春」も収録している。

「20年ほど前に一度、怖いもの知らずで、強気で録音しました」

ところが、今回は苦しんだ。

「演奏に気持ちが乗ってしまう自分になかなか納得できませんでした」

気持ちが乗ってはいけない?

「作品に演奏者の作為が加わると、普遍性が感じられなくなります。だから、ただただベートーヴェンの気持ちになろうとしました。視覚も聴覚もかろうじて失っていない『春』を生んだ20代の作曲家を意識しました。つまり、作曲家の心を媒介する演奏者に徹したのです。それでも演奏者の体温や楽器の個性は音に滲みます。作曲家、演奏家、楽器が自然に混ざり合う。そんな、演奏者の意図のない音が私の理想です」

千住さんの愛器はストラディヴァリウス“デュランティ”。アントニオ・ストラディヴァリの全盛期とされる1716年につくられた名器だ。

「18年前にデュランティと出合い、5年くらいはなかなか弾きこなせずに苦労しました。でも、今は体の一部であるかのように、一体化して鳴ってくれます。しかも、私の演奏なのに私が想像していなかった音が鳴り、驚かされます。今回の録音でも何度も新鮮な音に出合えました」

デュランティに導かれて、千住さんは進化を続けている。

「かつて聴いたことのない音にもっと出合いたいから、デュランティ仕様の自分になろうと努めています。起床したらすぐに弾き、午後も夜も時間が許す限り演奏します。楽器と共鳴する筋肉や骨を養うためにオリジナルのストレッチを行い、バランスのいい体躯になるように左右両呼吸でクロールを泳いでいます」

音楽にすべてを捧げている。

「食事は毎日、朝は生卵を3つまる飲みし、昼はたっぷりの野菜と少しのお肉、夜は納豆を必ず食べています。地方公演でその土地のおいしいものをいただきたいという欲求はなくなりました。私は生涯、デュランティとともに生きていきます」

『ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ全集Vol.2』ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第4番から第8番をピアニストの横山幸雄さんと録音。甘いピアノに力強いヴァイオリンが際立つ。ユニバーサルミュージック3,500円(2CD)。

『クロワッサン』1021号より

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