くらし

『雲を紡ぐ』著者、伊吹有喜さんインタビュー。「自分の居場所があれば、人は優しくなれます」

  • 撮影・黒川ひろみ(本) 中村ナリコ(著者)
壊れかけてしまった家族は、再び一つになれるのか? 「時を越える布」ホームスパンを巡る親子三代の物語。 文藝春秋 1,750円
伊吹有喜(いぶき・ゆき)さん●1969年、三重県生まれ。2008年『風待ちのひと』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、デビュー。「時代の流れに古びることなく、熟成し、育っていくホームスパン。そのように長く愛される、良いものに心を惹かれます」

「きっかけは、ホームスパンとの出合いでした」と伊吹有喜さん。直木賞候補にもなった前作品『彼方の友へ』執筆時に、舞台の昭和初期に知識層が好んで着たおしゃれ着が、日本で紡ぎ織られたウール地=ホームスパンだと知った。

探し求めて手にとってみると、

「イギリス風のかっちりしたものかと思っていたら、意外とほっこりとした手触りで、そのことに興味をそそられて」

大正時代の民藝運動を契機に作られ始めたホームスパンは、今も岩手・盛岡で伝統的な製法を守って生産されている。それはなぜか? 本作ではそれを追求し、色彩豊かな物語を織りあげた。

主人公は高校2年生の少女・美緒。私立の中高一貫校に通っていたが、いじめに遭い、部屋に籠る日々が続いていた。両親はあれこれと働きかけるが、それぞれの個人的な問題もあって心が通じ合わない。

美緒の心のよりどころはただ一つ、記憶にない祖父母が作ったというホームスパンの赤いショール。縫い付けられたタグには祖父の工房の名前。ある日、母との口論の末に家を飛び出した美緒は、衝動的にその工房に向かう。スマホが示した所在地は、盛岡だった。

美しい自然とホームスパンの豊かな色どり、誠実で温かい人々に囲まれて、美緒は(アルプスの少女ハイジのように!)心を健やかに育てていくが、シンプルなジュブナイル小説に終わらないところが本作の魅力だ。例えば、最初は世間体を気にする頑な母親として描かれる真紀。

「真紀は一生懸命周りの人にボールを投げているのに、思いどおりに受け止めてもらえないでいました。美緒には幼少期から素敵な絵本を与えたりしてきたのに喜ばれないし、夫ともずっとすれ違い。でも美緒を追って盛岡を訪ねたことをきっかけに、自分が本来好きだったものを思い出し、美緒の気持ちを初めて理解するのです」

切れてもつながる、糸も家族も。 だから、進んでいける。

作中、ホームスパンの独特の色あいを描写する場面がある。

〈「紺かと思ったら、水色、黒、緑…赤?もしかして黄色も」(中略)「複数の色の毛を混ぜてひとつの色をつくると、遠目には一色に見えても、糸に潜むさまざまな色の毛が、奥行きや味わい、光を布にもたらす」〉

それと同様に、一つの家族といっても同じ色の人間で構成されるわけではない。それぞれに個性があり夢があり(父親の広志もまた、悩みながら自分の本当の思いを再発見する)、その異なりようが一つの家族という織物になったとき、深みのある色彩を備える。

〈切れてもつながる〉。糸紡ぎで途切れてしまった糸を、紡ぎ続けるときの言葉。〈切れた糸と新しい羊毛を握手させて撚りをかけるんだ〉。作中でキーワードのようにたびたび登場する言葉が、お互いの手を離しかけた家族の再生を暗示する。それが物語世界の未来に明るい光を注ぎ、心地よい。

『クロワッサン』1020号より

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