この時代の団地といえば、庶民の憧れの象徴。高い倍率を勝ち抜いた選ばれし中産階級の人々が暮らす団地は、さまざまな映画に描かれてきました。コンクリートの箱に押し込められたサラリーマンの夫と専業主婦をどう切り取るか、作り手の作家性が如実に表れるのが団地映画の魅力ですが、本作は生々しいドキュメンタリータッチとモノクロ映像、そして武満徹の不穏な音楽も相まって、ぐっと文明批判寄りに仕上がっています。
近代的な団地と、最下層の人々が肩を寄せ合うスラム。本来なら交わらない2つの世界がここでは隣り合い、直子はそこを軽々と行き来します。中国大陸から引き揚げてきた過去のせいか、それともまだ子供がないからか。画一的ゆえに排他的でもある主婦たちの輪から、微妙に外れたところにいる直子は、まさに越境者。身なりからして階層の異なる伊古奈を「どこかで会った気がするのよ」と気にして、自ら近づいて行きます。
左幸子の、プリミティブな生命力がみなぎった、どこか稚気を残した風貌が役柄に完璧にマッチ。冒頭の、火によってなにかに目覚めたような表情から、もうこっちの世界には戻ってこられないかもしれないと思わせるラストシーンまで、目が離せない名演です!