息子が最近お気に入りの「ウルトラセブン」。一緒に見ていたら、こんなシーンがあった。ウルトラ警備隊の一員であり、ウルトラセブンの仮の姿であるモロボシダンが敵の宇宙人・メトロン星人を追って工業地帯にあるアパート周辺を捜索する場面。ダンが人気のない路地を彷徨い歩く中、住宅からラジオの野球中継が漏れ聞こえてくる。ただの情景描写でそこに意味はないのだけれど、緊張感の漂う中で聞こえる歓声とアナウンサーの実況はその場をますます不気味なものにした。
誰もいない部屋で流れるラジオ。それだけでホラーの気配が漂う。やはりラジオは語りかけるメディアだからだろうか。
通りがかりにどこからか、入った店でたまたまラジオが聴こえる。日常でもフィクションでも、そんな場面がわたしはたまらなく好きなのだ。
甲子園の中継は妙にノスタルジックな気持ちになるし、誰かが部屋で独り言をベラベラ話しているのかと立ち止まって聞き耳を立てようやくラジオと確認できて何故かホッとする。自分がいつも聴く番組が流れてくるのも嬉しい。
映画「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」の中で主人公を演じる妻夫木聡が富士そばで蕎麦をすするラストシーンでも、店内にラジオが流れている。実はそのラジオ番組のパーソナリティーは、わたし。ほんの数秒のシーン(実際収録も数十分で終わった)だったけれど、わたしにとっては密かに自慢のキャリアだ。