「いちばんよこしまでいやらしいなと思うものって、純愛と呼ばれるもの。中でも初恋って、淡くロマンティックに描かれようとすることが多いんですが、最初にくる発情期の経験だと思うんです。描きたかったのは、三姉妹がその初恋をどういうふうに受け止めたか」
物語は、今や50代になった次女・咲也がリキとの初恋を回想する場面から始まる。洒脱な父親と浮世離れした母親。当時の屋敷の華やかな設え。温室、お茶会、覗き見、ホース、唇、上履き、林檎……。乙女の記号、初恋の合言葉が溢れるリキとの濃密な交流が、読書好きで頭でっかちな少女だった咲也を今も、髙見澤咲也たらしめる。
「恋をすると、人って図らずも陳腐なことを平気でやったりする。誰もが詩人になったり印象派になったりするんですよ。側から見てみっともないくらい(笑)。そこで虎の威を借る狐じゃないですが、3篇の詩を拝借させてもらって小説に埋め込んでみたんです」
咲也の初恋の小道具となるのは島崎藤村の『初恋』。文学概論の授業中、教科書にあったそれに思いがけず咲也はハラハラと涙を流す。リアルな初恋とは「ファースト ラブ」ではなく「ファースト クラッシュ」。ぺしゃんこなのだ。
「可哀想な」「みなし子」のリキの目の前で、咲也は初潮を迎える。
「人間関係って、Sの要素とMの要素があると思っていて。その時の関係性によって反転していくのが醍醐味かなと。それが顕著なのが恋愛だと思うんです。うちの夫を見ていると、なんだか虐めたくなって意地悪するんですけど。
“あなたは虐めれば虐めるほど、可愛さが増す子なんだよね〜”とか言って。そうすると? “やめてくれー”と言って笑ってますね」
曖昧だけど大事な気持ちを鮮烈な言葉で描き続ける作家への信頼を、私たちは言語化できないままだ。