くらし

【岸本葉子さん】バージョンアップし続ける、100年時代の人生の味わい方。

  • 撮影・徳永 彩  文・板倉ミキコ

「未知の体験にワクワクできるから、 この先、人生後半も楽しめそうです。」

年を重ねるほど柔軟性が大事に。人を尊重できる人間でありたい。

大学を卒業し2年間働いた後、一念発起して北京へ留学。思えば、天職ともいえるエッセイストという仕事との出合いも、とても自然な流れで訪れた。

「一生自分の生活圏以外を知らずに過ごすのはもったいない、若いうちにしかできないことをしてみようと行動に移したんです。でも、それほど冒険心がないので、日本に近い国だし、漢字だったら少しはわかるからと中国に。その留学中、各国の学生事情を記事にする雑誌の企画があり、たまたま声をかけてもらって書いたんです。帰国後も小さな記事書きをいくつかいただいているうちに、だんだん仕事が広がって……という感じでしょうか。エッセイストなんて仕事があることも知らなかったし、フリーランスは想像もしていませんでしたが、書くことは好きなので、続けてきた結果、今がある気がします。とはいえ、来年の約束なんてない不安定な仕事ですが、今年大丈夫だったからもう少しいけるか、と続けているんです。実は割と大雑把なところもあって、悪い面ばかり見ないで、なんとかなるかと思えるタイプ。これまで、いろいろな人とのご縁にも恵まれたおかげだとも思っています」

さらに、40代で経験した大病は、人生に対する鷹揚な捉え方、周囲の人の多様性を気づくきっかけになった。

「それまでは自分の理想のスピード、やり方で働くことに喜びを感じていましたが、病気だとそうはいきません。ままならない自分を受け入れざるを得ない状況で、その人なりのペースややり方があるんだ、ということに気づけました。私が知らなかっただけで、仕事をしてきた人の中には、病気、家庭の出来事などそれぞれ事情があって、思う存分働けない人だってたくさんいたはず。なのに私は狭い視野で世界を見て、人を判断してしまい、なんて浅はかだったんだろうと感じたんです。以来ペースややり方は違っても、目標が同じならいいじゃないかと思えるようになり、多様性にも気づけました」

身のまわりのふとした変化に気づけるのが俳句。大学ノートに書き連ねて。季語をまとめた文庫は10年来の相棒。

多様性を受け入れる柔軟性は、岸本さんがこの先も大事にしていきたい特質。憧れの先輩、生活評論家の吉沢久子さんの生き方と考え方に強く共鳴している。

「自分のやり方が一番正しいと決めつけず、それぞれの考え等を尊重し、優劣もつけない方でした。歳を重ねると頑固に自己流を貫き通す人が多いですが、吉沢さんは大らかで自他に向かって常に開かれた態度を取られていた。90代になられても亡くなる直前まで、自分のことは自分でやるとテキパキ動かれていた生き方も理想。一日一日を本当に大切に過ごしていらっしゃいましたね」

人生は山と表現されることが多いが、岸本さんにとって人生とは?

「後半の人生は下山とも例えられますが、私は山というより、起伏のある道を行けるところまで行くものだと思っています。時には穴ぼこや沼もあったり孤独な荒野も歩くでしょうが、歩くうちに景色が変わって驚くときがある。手助けしてくれる人も現れたり、自分が手を差し伸べることも。自分の力だけで歩いていると思わず、不安になって視野が狭くなったら顔を上げて広い視野を意識する。その時々の景色を楽しみながら、この先も歩んでいきたいです」

心豊かに自分らしく生きる達人だった、生活評論家の吉沢久子さん。岸本さんとの共著もある。撮影・岩本慶三

「他者に向かって常に開かれた自分を維持していたいです。」

『クロワッサン』1003号より

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