くらし

時代とともに駆け抜けた、“森 瑤子”という生き方。

親子に夫婦、仕事の人間関係、これからの生き方。悩んで壁にぶつかった時は活字の世界へ。思いもよらぬ示唆やヒントにきっと出合える。ジャーナリストの島﨑今日子さんに聞いた。
  • 撮影・黒川ひろみ 文・日高むつみ

ふと手にした本の一節に、思いがけず心が動くことがある。主人公の心情に深く共感することがある。身を削って綴った文章には、真実味や説得力があり、物語に滲み出す作家の人生や生き方が、読み手に多くを語りかける。その作家が女性ならば、私たちにとってなおさら大きな影響力をもつ。

1978年に38歳で専業主婦から作家デビューし、都会的でスノッブな作品で時代を席巻。華やかなライフスタイルで女性の憧れを集め、52歳でこの世を去った森瑤子も、そうした作家のひとりである。

成功と華やかな顔の裏に潜む深い女の悲しみと孤独、葛藤。

「こう生きたい、こうありたいという熱烈な思いがあった人」

そう森瑤子を表現するのは島今日子さん。雑誌『AERA』で時代を象徴する女性たちに取材した記事を、『この国で女であるということ』という一冊にまとめたジャーナリストだ。

島さんは最新刊『森瑤子の帽子』で、平凡な主婦が作家・森瑤子となって活躍する時代をこう記している。

ーー戦後日本で、ウーマンリブとフェミニズムの洗礼を受けた七〇年代から八〇年代は、専業主婦であることが最も形見の狭かった時代と言えるだろう。(中略)ただ、妻であり、母であり、何者でもないことが苦悩そのものだったのである。ーー

そんな時代に、若くない女の焦燥と性を描いたデビュー作『情事』で脚光を浴び、解放感と自尊心を回復。作家としての名声と経済力を手にした森瑤子は、“なりたい自分”になっていく。

「森さんの欲望は、戦後の女性の生き方そのもの。常に自由でありたいと、もがき続けた。ゴージャスなファッションや華麗な交友関係に目を奪われがちですが、女であることの悲しみを胸に抱き続けていた人だと思います」

夫との軋轢、母娘の確執、セクシュアリティ、女性の自立、仕事と家庭を両立する難しさと罪悪感、老いをどう生きていくかの不安……。森瑤子は作品を通して、女性にとって永遠のテーマを追い続けた。

「だからこそ同時代の女性から圧倒的な共感を得られたし、憧れの存在にもなりえたのでしょう。彼女の描くテーマはとても今日的なので、いま改めて読んでも共感できるはず」

森瑤子が15年間の作家生活で世に送り出した本は100冊以上。自分自身や家族、身近な友人までをも作品に投影し、死の直前まで何かに追いたてられるように書き続けた。

「文字どおり身を削って書いていた。肩パッド入りの服に大きな帽子、真っ赤なルージュという鎧を脱いだ森さんの中には、孤独で繊細な傷つきやすい心がありました。作家・森瑤子であろうと数え切れないほどの傷を負いながら、それでも書くことを、自分自身の人生を、諦めなかった。タフですよね。どう生きるか悪戦苦闘しながら、バブルの時代を疾走した森さん。ちょっと真似できません」

葛藤する姿に共感できる、 森 瑤子さん。

『森瑤子の帽子』ひとりの主婦がいかにして森瑤子となり、心中にどんな思いがあったのか。家族や近親者、山田詠美、大宅映子、五木寛之らの証言から作家の生涯を照射したノンフィクション。1,700円(幻冬舎)。

まず読むならこの3作品!

『情事』
森瑤子38歳のデビュー作。英国人の夫、2人の娘を持つ35歳のヨーコが六本木を舞台に米国人男性と恋に落ち、恋が終わる物語。若さが失われる不安と心の渇き、性への欲求が綴られる。

『誘惑』
すばる文学賞受賞後の作品。破局寸前、夫の故郷イギリスへ共に旅立つシナを主人公にしたシリーズの第1作。シナの物語は『熱い風』『家族の肖像』と続き、絶筆『シナという名の女』に至る。

『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』
家族関係に行き詰まった主人公が娘の問題行動を機にカウンセリングを受け、その中で母との確執に思い至る。母と娘、夫との向き合い方を描き、森作品の転換点となった初の書き下ろし。

(C)松本路子

島﨑今日子(しまざき・きょうこ)さん●ジャーナリスト。ジェンダーをテーマに幅広い分野で執筆活動を行う。『安井かずみがいた時代』(集英社)など、著書多数。

『クロワッサン』1003号より

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