書家、アーティスト・岡西佑奈さんの着物の時間──「そこに込められた思いまで譲り受ける。着物は大切な民族衣裳だと思います」
撮影・青木和義 ヘア&メイク・杉村理恵子 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江
母から譲り受けた着物と帯です。春の名残を纏っているような気分です
和紙に墨で書かれた『調和』。もう一方は、青の上に流れるようなシルバーの線が描かれた『青曲』。ともに書家でアーティストの岡西佑奈さんの作品だ。
「『調和』は墨のにじみなどが和紙の上で調和してリズム感が生まれる様を表現しました。『青曲』は、青い海と同化して泳ぐホオジロザメの動きを、書道用の筆にアクリル絵の具を含ませて描き、万物は自も他もなく、すべては一つであり調和しているという思いを込めました」
書は優雅な「静の世界」と思われがちだが、文字を書くには強い集中力と体力が必要、と岡西さん。
「作品の大小にかかわらず、文字の持つエネルギーを表現するには集中力が重要です。特に最初の一筆は全身全霊を込めます」
文字と自身の気が一致する瞬間を逃さないように、集中力を高めて待つのだという。
「ですから、書くときはリラックスでき、動きやすい服装が多いですね。パフォーマンスとして書くときは着物を着ることが多いです。やはり書というと、和のイメージが皆さんの中にあると思いますので」
着物でのパフォーマンスのとき、岡西さんには決めていることがある。
「あくまで書が主役ですから、それを邪魔しない色、柄にします。書きあがった作品との調和も考慮すると、おのずと小さな柄の白、黒、鼠、茶、などが多くなります」
忘れられない着物のエピソードを岡西さんが教えてくれた。
「2019年に奈良・東大寺でアートプロジェクトが開催された際に書を奉納したのですが、その時に真っ白な着物に銀の帯で行ったんです。和紙を立てかけて書いたのですが、墨を筆に含ませた瞬間に、ギャラリーの方々が息を飲むのを感じたんです。たぶん“真っ白な着物に墨が飛ばないのかしら?”“たすき掛けなしで大丈夫?”など、着物に墨が飛ばないかとハラハラしたんだと思います。その緊張感が伝わってきて、逆に集中して良いパフォーマンスになりました。幸い着物に墨は飛ばず、思いどおりの作品を奉納できました」
書を際立たせる着物が多い岡西さんが、今回、選んだのは藤色にサーモンピンクの「鹿の子絞り」を施した総絞り。合わせた帯は銀地に桜の花びらが水面を流れる様を織り込んだ袋帯。名残の春を纏ったような装いだ。
「母から譲り受けた着物と帯です。母は20代のころからお茶を習っていて、茶会に着て行くために誂えた、と言っていました。帯も母のものですが、この着物には八掛と同色の朱系の帯を締めていましたね。今回、正統な総絞りを少しモダンにしたくて、この組み合わせにしてみましたが、どうでしょうか?」
帯を替えればいろいろな雰囲気を演出できるところも着物の魅力のひとつだと岡西さん。
「それと譲り受けることができることも。母とは身長が同じなので、着物はすべてお直しをせずにそのまま着ることができるので助かっています。ただ単に物を譲り受けるのとは違い、そこにある物語や込められた思いも受け継げるのは着物ならでは、だと思います」
近年は書だけでなく、地球環境問題にも取り組み、国連環境計画や自治体のシンポジウムに出席することも多い岡西さん。
「海外で人前に出るときは民族衣裳である着物を着ることが多いですね。これ以上の正装はない、と思っています。“素敵でしょ、JAPAN!”の心意気で日本の伝統文化を伝えていきたいです」
『クロワッサン』1140号より
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