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『誰もボクを見ていない ─ なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』山寺 香さん|本を読んで、会いたくなって。

一歩踏み込んで何かをする勇気を。

やまでら・かおる●1978年、山梨生まれ。2003年、毎日新聞社入社。仙台支局、東京本社夕刊編集部、同生活報道部を経て2014年4月からさいたま支局に勤務する。共著に『リアル30’s”生きづらさ”を理解するために』(毎日新聞出版)がある。

撮影・尾嶝 太

2014年、埼玉県で17歳の少年(当時)が祖父母を殺害して金を奪う事件が起きた。世間の捉え方は「よくある少年犯罪」という程度のものだったし、本書の著者である毎日新聞記者の山寺香さんもそう思っていた一人だった。

「ところが裁判が始まり、初公判の冒頭陳述を聞いてびっくりしました。これはなんとしても全国面で報道して、もっと多くの人に知ってもらいたいと思ったのです」

少年の境遇は驚くべきものだった。小学5年生から学校へ通っておらず、住民票もない、いわゆる「居所不明児童」。公園で野宿し、ラブホテルに宿泊することもあった。母親や同居の男性から虐待を受け、親戚への金の無心を強いられていた。この事件も母親により、祖父母宅から金を持ってくるよう強く言われた末のできごとだった。

「私が書かなければ、この子が闇から闇へと葬られてしまう。そんな、焦りにも似た気持ちでした」

それにしても少年は、なぜこんな状態のまま見過ごされてしまったのだろうか。本書は少年の生い立ちを幼少期まで遡り、事件を起こすまでの足取りを追っていく。

「最初は行政の問題だと思って取材をしてみると、児童相談所もそれなりに対応しているし、わかりやすい『悪』は存在しませんでした。ますますなんでだろう、と」

「セーフティーネット」という言葉があるが、そのネットの隙間からこぼれ落ちてしまったような事件。子どもは学校とのつながりが切れてしまったら居所を把握できないこと、自治体間で共有できるデータベースがないことも問題だ。だが、それだけでなく、周囲の大人たちの誰かが、少年の様子を見て声をかけていたら……。

山寺さんが少年に、なぜ取材を受ける気になったのかを尋ねたところ、返ってきたのはこの社会、大人たちへの願いだった。以下は少年の手紙からの引用である。

〈事件の記事を見て、居所不明児童や貧困児童等の存在を認識していただいて、普通の暮らしで見かける子どもへの少しの注意を持っていただきたくて〉〈一歩踏み込んで何かをすることはとても勇気が必要だと思います。その一歩が目の前の子どもを救うことになるかもしれない〉

「私としてはこの本を書くことで、少年の人生に無責任に踏み込んでいいのかという怖さもありました。でも今振り返ると、これを書き切ろうと決めたときが少年の言う『一歩』にあたるのかなって。踏み出してみないと、なにが始まるかわからない。だから私も、一歩踏み出す勇気を持ちたいと思います」

ポプラ社 1,500円

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