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『孤独な祝祭 佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った日本人』追分日出子さん|本を読んで、会いたくなって。

日本の舞台芸術を牽引した信念の人の生涯。

おいわけ・ひでこ●1952年、千葉県生まれ。編集者、文筆業。『20世紀の記憶』(全22巻・毎日新聞社)などを企画編集。雑誌『AERA』の「現代の肖像」の取材で2000年に数カ月間、佐々木さんに話を聞いた経験が本書の土台となっている。

撮影・森山祐子

「シャイな人で、その業績に比べあまり知られていない人でした。戦後の舞台芸術の世界に、こんなすごい人がいたと伝えたかった」

そう語るのは、丹念な取材から時代を掘り下げる仕事をしてきた追分日出子さん。「すごい人」、佐々木忠次さんとは、東京バレエ団や日本舞台芸術振興会を設立した知る人ぞ知るプロデューサー。名指揮者カルロス・クライバーをいち早く招聘し、16年間もの交渉の末にミラノ・スカラ座をまるごと連れてくる引っ越し公演を実現させ、世界の旬のプリマを一堂に集めた夢のバレエフェスティバルで世界を驚かせ、天才振付師モーリス・ベジャールに『ザ・カブキ』を創らせ、東京バレエ団はヨーロッパの五大オペラ劇場に乗り込んだ。

本書は、昨年春、83歳で亡くなった佐々木さんの生涯を追った評伝だ。戦後日本、舞台芸術の創世記に関わる証言集としても面白い。

「『僕らは驚きのあるいい時代を生きたと思う』と語った演出家の栗山昌良さんや舞台美術の妹尾河童さんの証言は刺激的でした」

人一倍の気配りと美意識、理想を叶えるための粘り強い努力、お茶目で人を喜ばせることが大好きな一方、どこか気難しく孤独を抱えた人柄。31歳でバレエ団の代表となり、日本人の渡欧すら珍しい時代に世界の超一流を相手に、まるで相手にされない状態からめげず卑屈にならず媚びもせず、たった一人、繰り返し交渉していった。

「たいへんな粘り強さと執念。計画や交渉の経過は誰も知らなかったけれど、遺された30数冊の手帳には時々の思いや予定が書きとめてありました。16年間、共に闘った通訳の女性にもミラノで会いましたが、夢をひとつひとつ実現していった信念の人。取材は本当に楽しかった。彼の人生に退屈がなかったからだと思います」

理想の舞台を目ざし、裏方も含め多くの人に夢のような飛躍の機会を与えたが、私欲はなかった。

「自家用車も別荘も持たず、住まいはバレエ団の建物の一室を借りて。お墓は生前に自分で決めたロッカー式というほどです」

取材は、佐々木さんが人をもてなすため情熱を傾けて作った社屋3階の華やかなサロンで行われた。
「本にも書きましたが、ここはまさに佐々木ワールド。美への執念、舞台装飾への偏愛、すべてが過剰」

日本の文化行政の貧しさと一生闘った人だが、その業績はフランスはじめ世界から勲章を多数授与されたほど。こんなすごい日本人がいたことをぜひ知ってほしい。

文藝春秋 1,800円
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