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『ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう』岡野雄一さん|本を読んで、会いたくなって。

認知症の母との5年間は豊かな時間でした。

おかの・ゆういち●1950年、長崎県生まれ。漫画家。東京の出版社に15年勤務したあと、40歳でひとり息子を連れて長崎に帰る。『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)にて日本漫画家協会賞・優秀賞受賞。

撮影・千田彩子

「いやぁ、本当にいろいろなネタを提供してくれて、母ちゃんありがとう、という気持ちです」

 ペコロス(小玉ねぎ)こと岡野雄一さんが認知症の母・光江さんとの日常を描いた漫画『ペコロスの母に会いに行く』は映画や舞台にもなり、大きな反響を呼んだ。本著はふたりの生活の裏側「介護げなげな話」である。

「げな、というのは、長崎弁で、〜らしい、〇〇なんだって、という意味です。介護をしたような、たいしたことはしなかったような、どっちなんだろう、という思いで書きました」

 認知症の母と暮らしたのは5年間。そのあとはグループホームに入居した。

「親を介護するというと、自宅で24時間つきっきりで世話をしなくてはいけない、と思っている人も多いと思います。その結果、行き詰まって自分が倒れて親より先に逝ってしまうという人を何人か見ています。そうならないために、1日の数時間は、ちょっと逃げることが必要だと思うんですよ。ネットでつぶやくのもいいし、誰かと話をするのもいい。それに施設に預けるということも広い意味での介護だと思います」

 光江さんは、転んで膝の裏側の骨を折り、2カ月入院したことで認知症が進んだ。用を足した後、お尻を拭いた形跡がない、お風呂に入りたがらない……。

「汚れたパンツがタンスの引き出しに詰め込まれていたのを見たときには驚きました」

 仕事の合間をぬって自宅へ戻り、母と一緒に昼食をとっていると、「働いとらんとに、なんで飯やおかずば買うてこられるとか。さてはワイ(お前)はウチの財布から金ば盗みよっとやろ」と言われ、ついカッとなって怒鳴り、拳を振り上げたこともある(振り下ろさなかったけれど)。

「正直、死ねばいいのに……と思ったこともあります。こんな思いを息子にさせてまでどうして生きているんだろうって。でも最後に思ったのは生きていてくれてありがとう、でした」

 この夏三回忌を迎えた。

「親を看る、ということで親からもらうことはすごく多いんです。僕の場合は、酒乱だった父へのトラウマが、母と一緒に過ごしたことで自然と消えていきました。今になってみれば、介護の時間は豊かな時間だったんですよね」

「生きとかんば」(生きていなければ)が口癖だった光江さん。

「父や僕に向かって言っていたのだと思いますが、本当は自分に向かって言っていたのでしょうね」

小学館 1,100円
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