とは言え、文句なく面白い。ミステリー風味の回想録とまとめていいのだろうが、著者スパークの分身とも言えるフラーからはシニカルさと共に、作家前夜の若い女性特有の傷つきやすさとひたむきさが強く感じられた。もうひとつ、クウェンティンの母親エドウィーナ(90代)が最高! 息子や家政婦などの俗物の前では「呆けたふり」や「液漏れ」をするが、フラーとは初対面の時から意気投合し、事件解決でも重要な役割を果たす。皺くちゃ顔に厚化粧、赤い鉤爪、古いティーガウンに真珠のネックレスをジャラジャラつけた彼女、登場人物の中でもひときわ精彩を放つ存在だ。
著者のミュリエル・スパークは1918年スコットランドのエディンバラ生まれ。婚約者とローデシア(現ジンバブエ)に渡り結婚、離婚を経て第二次世界大戦の最中に単身帰国。英国外務省秘密情報部(MI6)にいたこともあるらしい。フラーの話を読むうちに、スパーク自身の秘密をもっと知りたくなる魅力的な一冊であった。