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食わせ者揃いの登場人物が魅力的。評・中山庸子|話題の本、気になる本。

『あなたの自伝、お書きします』ミュリエル・スパーク 著 木村政則 訳

河出書房新社 2,400円

読み始めた途端に、これはちょっと油断がならないな……と感じた。時間の流れも分かりやすいものではなく、登場人物はとにかく食わせ者揃いだ。筆頭は作家志望の主人公フラーが働くことになる「自伝協会」の主宰者のサー・クウェンティン。単なる俗物と軽くあしらえるかと思いきや、企み臭プンプン、自伝を書こうとしている人たちも皆かなりの変人である。 フラーの友人ドティの気持ちや行動も不可思議千万だ。その上、フラーが書き進めている最初の小説『ウォレンダー・チェイス』内の人物たちやストーリーも途中に挟みこまれており、それらと自伝協会の人たちの運命と奇妙なリンクが始まるので、巻頭の「登場人物」の欄を確認しながら読み進む羽目になった。

とは言え、文句なく面白い。ミステリー風味の回想録とまとめていいのだろうが、著者スパークの分身とも言えるフラーからはシニカルさと共に、作家前夜の若い女性特有の傷つきやすさとひたむきさが強く感じられた。もうひとつ、クウェンティンの母親エドウィーナ(90代)が最高! 息子や家政婦などの俗物の前では「呆けたふり」や「液漏れ」をするが、フラーとは初対面の時から意気投合し、事件解決でも重要な役割を果たす。皺くちゃ顔に厚化粧、赤い鉤爪、古いティーガウンに真珠のネックレスをジャラジャラつけた彼女、登場人物の中でもひときわ精彩を放つ存在だ。

著者のミュリエル・スパークは1918年スコットランドのエディンバラ生まれ。婚約者とローデシア(現ジンバブエ)に渡り結婚、離婚を経て第二次世界大戦の最中に単身帰国。英国外務省秘密情報部(MI6)にいたこともあるらしい。フラーの話を読むうちに、スパーク自身の秘密をもっと知りたくなる魅力的な一冊であった。

なかやま・ようこ●エッセイスト、イラストレーター。毎年好評の2017年版『書きこみ式いいこと日記』が発売中。

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