『信号旗K』 著者 朝吹真理子さんインタビュー ──「ログになると消えるものに興味がある」
撮影・北尾 渉
音楽家、小説家、アーティスト等、各界のゲストと過ごした時間や対話の思い出を綴ったエッセイ集『信号旗K』。雑誌『GINZA』での連載をまとめた一冊だ。
「最初はいろんな人とのおしゃべりを対談形式で載せる企画だったんですが、だんだん全体のムードや会話の重なりそのものを書いてみたくなって。それで形を変えて、この『信号旗K』になりました」
文字起こしでは零れ落ちてしまう気配も朝吹真理子さんの筆によって掬い取られていく。かぎかっこで括られない会話文に表れているように、どこか曖昧で幻想感が漂う独自の文体が、かえってリアルな実感をもたらす不思議。
「私は“自己決定”みたいなものに対して違和感があって。その時の流れによって、自発的に言っているようで言わされていることとか、どっちかが思いついたことを、2人ともが思いついていたとか、あるじゃないですか。それが、かっこで閉じた途端、外に出た言葉を誰の発言かはっきり分けてしまう気がするけど、実は混ざり合った状態で人は話していて。あったことをそのまま書くと逆にあったことにならないっていうのはよく思います。ログになると急に消えるものに興味がある」
この感覚は、本作でたびたび描かれる、戦争体験者への聞き取りにも通じているように思える。
「戦争を体験された方のお話を聞いていると時々、正義感や教訓めいたことじゃない生の感覚・感情が突然ゴロッと出てくることがあります。このエッセイにも書いたけど、表参道の空襲の翌日に冷蔵庫(といっても木箱みたいなものだと思いますけど)に入っていた塩ジャケがちょうどいい感じに焼けていて、死体のすぐ傍で食べるとか。その時に生きていた人の“感じ”みたいなものを聞けると、遠い話だけど最近の出来事のような気もする。戦争自体は最悪だけど、戦争に巻き込まれた一人ひとりの話には人間のろくでもなさと良さとの両方があって面白いです」
タイトル「信号旗K」の意味と「書く」ことについて
タイトルの「信号旗K」は船舶が用いる、青と黄の二色旗で、単体で掲げると「私はあなたと交信したい」という意味になる。
「昔にピンバッジで見つけて可愛いと思ったんです。『私はあなたと交信したい』なんて旗があるんだと思って。実は、前に出したエッセイ集でも、『信号旗K』にしようかギリギリまで迷っていたので、何年越しかな? 今回、ぴったりのタイトルになりました」
朝吹さんにとって、「書く」こと自体がまさに交信だという。
「これまで書かれたものが漂っている、言語や文学の海みたいなものがあって、そこに自分の書いた言葉をそっと流して、それこそ交信し合うというか、投瓶通信みたいなイメージがあります。流れ着いた本を開くと、何年前の本でも、作者が亡くなっていても、その瞬間“今”になる。それが本のいいところだなと思っています」
『クロワッサン』1174号より
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