考察『豊臣兄弟!』34話 家康(松下洸平)はいかに“家康”になったのか。兄弟、最後の高い壁。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
家康自身の生い立ち
魅力的なライバルは少年漫画に欠かせない。
それが重たい過去を背負っているとなれば、主人公との対決がいっそう引き立ったものになる。
34話は、徳川家康(松下洸平)を少年漫画のライバルキャラのように描いた。
今回の家康はいわば『豊臣兄弟!・外伝』の主人公である。
冒頭、徳川家康が自身の趣味である調薬の原料、薬草を並べて息子と戯れる。
この子は家康の三男・長丸(日影琉叶)。
のちの江戸幕府2代将軍、徳川秀忠である。大河ドラマに頻出の人物で、過去には
西田敏行(葵徳川三代/2000年)、星野源(真田丸/2016年)など多くの俳優が演じた。
可愛いなあ。成長したら西田敏行、または星野源かと思いながら観ると味わい深い。
天正11年(1583年)で5歳になった。
家康と長丸の、穏やかな父子の姿が、のちに描かれる家康自身の幼少期と鮮烈な対比をなしている。
友好の証とは
家康と羽柴兄弟の微妙な関係は、大坂城の場面で浮き彫りになる。
羽柴秀吉(池松壮亮)は天正11年、大坂城の建築を始めた。
豪華絢爛な城は羽柴家、のちの豊臣家の権威の象徴として、秀吉がこの世を去る年まで拡大を続ける。
秀吉が大坂城お披露目で集めた諸将の中には、秀吉&小一郎(仲野太賀)兄弟と同じく、髪を月代とした人物が目につく。
丹羽長秀(池田鉄洋)、前田利家(大東駿介)、池田恒興(堀井新太)ら。
加齢による心境の変化か、それとも羽柴に膝を屈した証か。
このお披露目に、家康の代理として出席した石川数正(迫田孝也)は、居並ぶ諸将の威圧感に生唾を飲む。
家康からの築城祝いに大名物の茶入「初花」を贈るも、笑顔の秀吉から出る言葉は礼だけではない。
秀吉「徳川殿にもお目にかかりたかったのう」
数正「今は、羽柴殿に仰せつかった関東の惣無事を進めておりますれば」
秀吉「上様(信長)亡き後、いち早く甲斐と信濃を押さえ、北条とも盟約を結ばれたご手腕、お見事であった」
惣無事については後述する。
秀吉がにこやかに話しかけるが、数正の耳にはこう聞こえているのではないか。
(家康は来ないつもりか。本能寺の変のどさくさに紛れて、徳川は東国をかすめ取るような真似をしたのではないか。織田家が天下一統を目指していたのは当然知っているだろう。北条家と手を組んで、我々と敵対するつもりか?)
大名物「初花」を贈ったくらいでは、友好の証とはならない。
ここに揃った他の武将と同じく、家康本人が大坂まで足を運ぶ必要がある。
皆が見ている前で秀吉に両手をつき挨拶して初めて、敵意の無いことが確認されるのだ。
数正は大坂城のすみずみまで案内され、羽柴の力を見せつけられる。
上杉、毛利など織田家と戦っていた武家からの献上品。圧倒的な軍事力。
これらを肌身に感じる数正の顔から、みるみる余裕が消えてゆく。
迫田孝也の芝居が雄弁だ。
羽柴をどうにかしませんか?
ここで、惣無事について触れておきたい。
家康と、相模国(現・神奈川県)の大名・北条氏政(谷原章介)との会談場面で、氏政は家康が秀吉から関東の惣無事を任されたことを疑問視する。
家康の
「羽柴殿より改めて、東国の争いを解決せよと指示されました」
惣無事とは、主に大名同士の戦闘停止のこと。
氏政は不快感を露にする。
大名、国衆にとっては死活問題である領土を巡る戦いに、なんの権限があって口出ししてくるのかというところだろう。
天正10年に織田信長が東国に惣無事の命令をしたとする説があり、それを踏まえての氏政の「織田信雄(山脇辰哉)殿ならまだしも」成り上がりの羽柴が、という台詞か。
惣無事の遂行は、氏政以外の大名、国衆の反発も招きかねない。
上手く運ばなければ、羽柴から責任を問われるリスクが家康にはある。
この天正11年に、家康は娘の督姫を、氏政の嫡男・氏直の正室として嫁がせた。
婚姻によって同盟関係を結んだ北条家ならば説得できるかと会談に臨んだ家康だったが、氏政のすげない態度に諦めた。
家康を呼び止めた氏政が、ネットリと語りかける。
「徳川が立つのであれば、いつでもお味方いたしまする」。
羽柴相手の戦いを唆すが、どこまで信用できるのやら……。
胡散臭い誘いである。
冷静沈着な腹心
北条と同盟関係にある徳川は、羽柴にとって強敵となり得る。
天下一統を目指すのなら、徳川を取り込む道を探らねばならない。
大坂城内チーム羽柴会議で、小一郎は兄・秀吉に説いた。
「ゆるぎない絆を徳川殿と作らねばならぬ」
戦国大名同士が絆を結ぶ手段は、徳川と北条のように婚姻がある。
それ以外に、もう一つ──。
羽柴兄弟は「初花」の礼という口実で家康を茶会に招いた。
渋る家康は、数正に問う。
「行かぬと言ったらどうなる」
「おそらく、いずれ戦になりまする」
「戦になったらどうなる」
「手ごわき相手となりまする」
「……今はまだ『その時』ではないということか」
大坂城で、羽柴家の力量を実感させられた数正の、冷静な分析力と判断力。
ふたりの隣で「のぞむところじゃあ!」とワンワン大型犬のように動き回る本多忠勝(夏生大湖)と、良い対比である。
忠勝はチーム羽柴における蜂須賀正勝(高橋努)ポジションだなと思って観ている。
羽柴家茶会を前にして、家康は織田信雄に呼び出された。
秀吉を倒すために共に戦えともちかけられるが、家康は固辞する。
信雄に臆病者と罵られた後の、家康&数正の主従の会話により、家康の悲惨な過去が明らかになった。
まったくの余談だが、織田信雄と家康の場面。
腹を立てて信雄が座敷から出たあと、家康が信雄に握られた右手を自分の膝でゴシゴシこする仕草が、最高に本作の家康らしいので、再放送や配信で見てほしい。
タイムスリップさせてやろうか!
このときより37年前の、天文16年(1547年)。
駿府(現・静岡県静岡市)の今川義元(大鶴義丹)屋敷で、義元の嫡男・竜王丸(桒木里夢/のちの今川氏真)にボコボコにいじめられている松平竹千代、5歳(谷利春瑠)。
のちの徳川家康。
当時の松平家は三河国岡崎(現・愛知県岡崎市)を本拠地とし、隣国尾張の織田家からの侵攻に脅かされていた。竹千代の父・松平広忠は駿河の今川義元を後ろ盾とし、恭順を示すために竹千代を人質として差し出していたのである。
一般的には、竹千代は天文16年に今川に送られる途中で織田方に奪われ、2年間は織田家で過ごしたとされる。その後、人質交換で今川に送られたという身の上が知られる。
だが、近年の研究により、織田家での人質時代があったのか疑問視する説がある。
それを受けての天文16年の今川屋敷の描写だろうか。
虐待される竹千代を庇おうとする少年・石川数正(味元耀大)は15歳(諸説あり)。
数正は松平家に代々仕える生え抜きの家臣の家柄で、人質となった竹千代の近侍として、岡崎から付き従っている。
指を噛む竹千代。
歴史上の徳川家康の癖として「爪を噛む」が有名だが、いくつかの史料では「指を噛んでいた」とされる。
江戸幕府の公式史書『徳川実紀』の「東照宮御実紀附録」には、関ケ原合戦において
「しきりに御指を噛ませられ」と記されるという。
また『関ケ原軍記大成(宮川忍斎著/1713年)』にも
「未だ御弱冠の頃より味方危うき時は、御指を咬ませ給う御癖ありしが」と書かれている。
強いストレスにさらされた家康が指を噛む癖は、繰り返し伝えられてきたものだ。
数正は竹千代の手を優しく抑え
「よくぞ耐えられました。しかし指を怪我しては、刀を持てなくなりまする。ひとかどの武将となりたくば、この癖はお直しくださいませ」
子どもの頃から、数正は竹千代の忍耐を認め、その心を支えてきた側近として描かれる。
天文24年(1555年)。14歳となった竹千代は、駿府で元服を迎えた。
成人して、松平次郎三郎元信(じろうさぶろうもとのぶ)と名乗る。
この直後に元信を襲う悲劇は、痛ましくて見ていられない。
小鳥の千代丸、愛する者を与えておいて元信のその手で「殺せ」と命ずる今川義元には
今すぐ桶狭間にタイムスリップさせてやろうか! と叫んでしまった。
絶対服従の姿勢を貫けるかどうか。
与えて奪って従わせる。
人質を人間として扱わない、残酷な調教である。
2023年の大河ドラマ『どうする家康』の野村萬斎演じる今川義元は、父のような慈愛で松平次郎三郎元信(松本潤)を包み込んだ。
恐怖と絶望で従わせるのと、父と錯覚させて裏切らぬようにするのと、はたしてどちらが残酷で恐ろしいのだろうかと考えさせられる。
いや。どちらにせよ家康が、本当の親の愛から切り離されて育った事実に変わりはない。
服従、また服従
氏真(三河悠冴)に撃ち殺された千代丸の小さな遺骸を前に、泣きながら指を嚙みちぎる元信。その血の滲んだ手を抑えて数正、
「奪われたくなければ、奪う側になるしかありません。従うのが嫌なら、従わせる側にならねばなりません。今はその時でなくとも、いつの日にか」
「あなた様が、武家の頂に立つのです!」
生き延びるためだけでなく、誰にも何も奪わせぬ存在へと。
武家の頂はは、この当時の松平家の当主、しかも今川に組み敷かれたままの元信にとって、途方もない志である。
「その時」を待つ志を家康の心に根付かせたのは石川数正だと、強く印象づける場面だ。
家康の忍従はこれにとどまらない。
天正7年(1579年)の、いわゆる築山殿事件──。
この事件は、真相に不明な点が多い。
本作では、正室・築山殿と嫡男・信康が、武田氏と内通した疑いをかけられ、信長がふたりの処分を家康に委ねたと描く。
「儂を試しておるのだ。この儂の手で、妻と我が子を殺せと申しておるのだ」
「儂は、またしても……」
築山殿と信康は処刑された。
あまりの悲しみに、涙も出ない。
この悲劇をまともに受け止めては、心が壊れてしまう。あるいは、心の一部がもう壊されてしまったのか。
妻子の死から4年。
今川義元も、織田信長ももうこの世にいない。
だが、羽柴秀吉が新たな忍従を強いる。
数正に「茶会に行く」とポツリと告げた家康の背中と口調が、耐えるのは慣れているのだと伝えている。
「そなたら、わかりやすくなったのう」
羽柴主催の茶会の席。
千宗易(吉岡秀隆)は、家康の様子に「お口にあわんかったようですな」と苦笑いする。
飛ぶ鳥を落とす勢いの羽柴秀吉の茶会に招かれて、こんなに不味そうに飲む人間はいないのだろう。
羽柴兄弟が天下一統を成し遂げるため、家康に協力してほしいと頭を下げる。
その上で「我らの絆を強めるため、徳川殿の御子を養子に迎えさせてくだされ」。
人質かと気色ばむ数正に「人質ではござらぬ、養子にございまする」と小一郎。
ああ、16話(記事はこちら)で、甥の万丸を養子……実質、人質に出す際に羽柴家の家族全員で苦悩したことを思い出す。
羽柴兄弟は今は大きな力を持ち、人質を要求する側になったのだ。
「これまでも、前田殿からは豪姫(福地美晴)を、丹羽殿からは仙丸を羽柴家の養子としてもらいうけました」「徳川殿の御子も同じように、羽柴と徳川の架け橋として大切にお育ていたしまする」
仙丸は天正10年、4歳で小一郎の養子となっている。
これまで本作では、豪姫が秀吉と寧々(浜辺美波)の娘として慈しまれている姿が描かれてきたから、小一郎の言葉に偽りはないのだろうとはわかる。
羽柴家から宮部継潤(ドンペイ)のもとへ養子に出された万丸は健やかに成長して、元服した。
本作では次回35話で登場する。
しかしそれらは、幸運な子どもたちの話だ。
家康のように虐待されるかもしれぬ。あるいは浅井長政(中島歩)の嫡男・万福丸のように幼くして命を落とす子もいる。
「断る。……と言ったらどうする?」
この台詞のあとの、松下洸平の芝居が静かでありながら圧巻だった。
長い人質時代ゆえに周囲の人間の心理を読むことを覚えたという家康は
「だが出会った頃のそなたらは、何を考えておるのかさっぱりわからなくてのう」
「わしは恐ろしかったのだが、それが今はどうだ」
「そなたら、わかりやすくなったのう」
権力とは無縁の頃の兄弟は、血と謀略の世界で生きてきた家康にとっては理解の外だった。
だが出世の階段をのぼるうちに、血に塗れ、謀を巡らせることを覚えた羽柴兄弟は、知らぬうちに家康のよく知る戦国武将となったのだと指摘する。
絶句する羽柴兄弟だが、家康はすぐに頭を下げた。
「子は差し出しまする」
得体のしれない相手ではないが、今は戦いを避けたい。
「その時」は、まだ来ていない。
家康の伏せた顔は、見えない己の指を食いちぎっている。
少年漫画大河とは言ったが、こうした場面でじっくりと人間の内面まで映し出すのが、
本作の本領である。
家康、叫ぶ
家康の苦渋の選択は覆った。
居城に戻り、我が子・長丸の姿を見ているだけで涙が溢れる。
そんな父を慮り、毒草で敵を討つという長丸に、家康は決意する。
この子に、かつての自分のような思いをさせてなるものか。
二度と奪われるものか。
「もう誰にも従わぬ」
家康は信雄に、羽柴家との取り次ぎ役・津川雄光(早瀬栄之丞)を誅殺させ、羽柴への宣戦布告とした。
出陣の支度を整えた家康の前に、徳川四天王、見参!
後世、家康の側近として称えられる四人である。
せっかくなので、直近の大河で徳川四天王が活躍した『どうする家康』のキャストと並べてみよう。『どうする家康』を御覧になっていた方は、あの人がこの人か!と繋げてほしい。
酒井忠次(今作では天野ひろゆき)は、大森南朋。
榊原康政(栗原類)は、杉野遥亮。
本多忠勝(夏生大湖)は、山田裕貴。
井伊直政(阿久津仁愛)は、板垣李光人。
ある事情があり徳川四天王に数えられてはいないのだが、石川数正は松重豊が演じていた。
その事情とは……ある意味ネタバレになるので、ここでは伏せておこう。いやでも、ここまで家康の腹心として、しかも天下取りの志の根本となった男として描かれる本作の石川数正で、起こりうるのか?
興味津々だ。
屈強な三河武士で構成される家臣団を前に、家康が叫ぶ。
「今こそ、その時じゃ!」
『豊臣兄弟!・外伝』の主人公が、本編の主人公、羽柴兄弟の前に立ちはだかる。
次回予告。
三好信吉(山田涼介)登場。万丸、大きくなったねえ!
男たちの思いが錯綜する、小牧長久手の戦い──いざ、開戦。
35話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
筒井紘一(翻訳)『利休聞き書き・南方録 覚書』講談社,2016年
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
柴裕之(著)『徳川家康 中世から近世へ』平凡社,2017年
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『地図と読む・現代語訳 信長公記』KADOKAWA,2019年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
神津朝夫(著)『茶の湯の歴史』KADOKAWA,2021年
黒田基樹(著)『徳川家康の最新研究──伝説化された「天下人」の仮面をはぎ取る』朝日新聞出版,2023年
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年